建造以来4550年、謎に包まれてきたエジプトのピラミッドの正体が「本当に」明らかになろうとしている。 今まで「ピラミッドは王の墓で、金銀財宝は全て盗まれていた」と考えられていた。ところが、“クフ王の間の石の箱”の大きさや何の装飾もない事から、「棺」ではないと考えられる。 では、クフ王の墓はどこにあるのか? 吉村作治東日本国際大学学長説は、クフ王のピラミッドの西側にあるのでは?と推理する。 番組では、7つの鍵を元に検証していく。

第一の鍵

ピラミッドは砂岩と石灰岩を主に積み上げているが、王の間を築いている石は、それより重く硬い花崗岩を使い、壁や箱の表面は丁寧に磨き上げられている。

第2の鍵

ピラミッドの謎解明の鍵としては、「第二の太陽の船」の発掘調査が注目されている。“王が亡くなると魂は太陽の船に乗って太陽神ラーと共に大空をわたる永遠の航海に出る”とされている。その第二の太陽の船は、船室の木材だけが、他の部分の木材と違い丁寧に表面が磨き上げられている。
そして、船室は王の間と同じく何も納められていない!

第3の鍵

日本の太陽神、天照大神の3人の娘を祀る今年世界遺産に認定された福岡県の「宗像大社」。 毎年行われる「みあれ祭り」に注目する。 3女神の御神体を船で運ぶ、まさに現代の“太陽の船”。しかも御神体を治める檜の箱は、磨き上げられているのだ。

第4の鍵

世界の太陽信仰、船の役割を調べていくと不思議な繋がりが見えてくる。そして、太陽信仰といえば、「南米アンデス 古代ペルーの遺跡」。そこで、クフ王の墓のありかを特定する手がかりを求めて、南アメリカ、ペルーへ飛んだ。番組では、クフ王のピラミッドと同時代に作られたピラミッド型の神殿があるカラル遺跡に向かう。 カラル遺跡には、ピラミッド型の建造物があり、クフ王のピラミッドとほぼ同じ時代に造られている。が、この建造物は墓ではなく神殿だという。 その神殿の南側には、円形の遺跡があり、枠が二重丸になっている。二重丸は、古代エジプトで太陽を表す象形文字なのだ。

第5の鍵

次に、「古代ペルーの太陽の船」を求めて向かったのはトゥクメ遺跡。 中央にピラミッド型の山を仰ぎ、周囲には26のピラミッドが築かれている。これも墓ではなく、全て神殿として建てられた。その中で、山の南西に位置する神殿に今から1000年ほど前に築かれた「レリーフ」があった。 二艘の船とその上を舞う鳥、エジプトの「第二の太陽の船」の構図と非常に似ている。この船の向きは、日が沈む南西を向いている。

第6の鍵

古代ペルーの支配者の墓はどこにあるのか? 王の墓を探るため向かったのは、“南米のツタンカーメン=シパン王”の墓。 シパン王の墓は、王だけでなく王妃や神官などいくつもの墓が同じ場所に埋葬されていた。

第7の鍵

では、かつての宗像大社の統治者はどこに葬られているのか?神社をピラミッドとみなすと、宗像大社の西側(奴山古墳群)に当時の豪族たちの墓がある。これは偶然か?

今回、古代ペルーにもクフ王と同時代のピラミッドと 「太陽の船」の概念が存在した事がわかった。 「エジプトの太陽の船」「宗像・沖ノ島」「古代ペルー」の共通点を元に、 「ピラミッドは何なのか?」「クフ王の墓はどこか?」 その謎を解き明かす。

吉村作治(東日本国際大学学長)からのコメント

ペルーのインカの遺跡には何度も行っていますが、今回は、「プレ・インカ」、インカより古い遺跡に行きました。
「プレ・インカ」は沢山の王国があって、インカより豊かなんですよね。
プレ・インカの頃栄えていたであろう海岸で食べるペルー料理は、魚も肉も美味しかったです。セビチェ(魚のマリネ)とか、あんなに美味しいとは思わなかった。

毎年10月1日に開催される宗像大社の「みあれ祭」の二艘の船は、ご神体を乗せている御座船。
天空は回らないけど、海を渡って沖ノ島、大島、そして宗像大社に行く、この思想は出発点があって、終着点がある、そして終着が永遠の命。
これはエジプトの「太陽の船」と共通点していると思う。
つまり「現代の太陽の船」と思っています。

エジプトの「太陽の船」の思想が世界中に広がってきている。
それが日本、そしてさらにはペルーにまで共通点が見いだせる。
この広がりはすごいです。
4550年前、ピラミッドの時代から、1つの思想がこうやって広まっていく事がこの番組でわかってもらえると嬉しいです。
そして、やはり肝心なのは、クフ王の墓がどこにあるか?これが一番大事ですね。