RKB報道部記者、今林隆史 ローカル民放局初の南極観測隊に同行決定!

日本の南極観測が始まって60年。その節目となる2016年11月末から2017年3月末までの4か月間、RKB報道部記者・今林隆史が南極観測隊に同行した。テレビ・ラジオ番組の他、自社ホームページなど様々なメディアから、南極の「今」を伝える。厳寒に加え、年に一度しか物資の補給が出来ないという特殊な環境の中、各分野のスペシャリストが参加する南極観測隊。ニュースのほか番組などでも紹介していく。

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南極からの帰還

今林隆史(RKB報道部)

「右10度にクジラの群れ」南極観測船「しらせ」では、航行中に何か見えると艦内放送が流れてきます。南極・昭和基地からオーストラリア・シドニーまでの1か月余りの航海。南極の荒波に揺られながら、30頭以上というザトウクジラの群れやシャチの親子、全天を覆うオーロラなどが見送ってくれました。



観測隊は3月20日にシドニー港到着後、飛行機で日本に帰国しました。



ほかでは決して見られない大自然が残る南極、今後もテレビなどを通じてその様子を伝えていきます。

昭和基地の暮らし

今林隆史(RKB報道部)

ダーツにビリヤード、スロットマシーン。ミラーボールの下にカウンター。コップに入っているのは、はるか昔の空気を閉じ込めている南極の氷。少しレトロな設備が並ぶのは、南極・昭和基地にあるバーです。バーテンダーも客も観測隊員。娯楽が少ない基地での生活で、リラックスしながら隊員同士が交流する貴重な場となっています。ももピッも楽しんだようです。



さらに、基地の中には病院があります。手術も可能で国内の救急病院並みの設備がそろっているそうです。ただ、患者を外に搬出することはできません。ドクターは「仕事をしないのが一番の仕事」と話しています



観測隊は、日本からの往復時間を含め4か月を共にする「夏隊」と、1年4か月の「越冬隊」があり、夏には両隊が滞在します。今回同行している夏隊は、2月15日までに基地を離れました。隊員はまさに同じ釜の飯を食べた仲。抱き合い、涙しながら別れを惜しんだ光景は忘れられないものとなりました。

南極の短い夏

今林隆史(RKB報道部)



昭和基地の顔「19広場」の看板の下に、ひっそりとたたずむ建物があります。ちょうど60年前の1957年1月29日に基地を開設した第1次隊が作った建物の一つです。

南極の夏は短いです。12月末に昭和基地に到着してから1月中旬までは、気温がプラスになる日も多く、風がなければ暖かく感じられました。冬の日本よりも過ごしやすいくらいです。情報としては聞いていましたが、体感すると拍子抜けしました。断熱効果が高い屋内は暑いくらいで、半袖で過ごす隊員が多いのです。

昭和基地付近では、11月下旬から1月下旬までの2か月間、太陽は常に姿を見せています。夜も明るい「白夜」です。日没がないため、その年の「初日の出」を見ることができるのは、白夜が終わる1月下旬になりました。それ以降は、美しい夕焼けと共に日没を見ることができるようになります。その一方で、荒天に見舞われる日が増えてきます。これも例年のことだそうです。

1月29日の基地開設60周年を祝う記念イベントに続いて、2月1日には越冬交代式が基地で開かれました。屋外で開催する予定でしたが、風が強かったためいずれも室内で執り行われた。

南極では夏が終わり、日没が少しずつ早まっています。5月末ごろから1か月半は、太陽が1日中姿を見せない「極夜」になります。基地周辺は、南極では比較的暖かい場所にあるとはいえ、冬には氷点下30度を下回ることもあります。こうした厳しい南極の環境で観測隊員は1年間、基地の業務にあたっていきます。

南極観測60周年

今林隆史(RKB報道部)

昭和基地の顔「19広場」の看板の下に、ひっそりとたたずむ建物があります。ちょうど60年前の1957年1月29日に基地を開設した第1次隊が作った建物の一つです。



基地の主要な建物から、バーがある「娯楽棟」を経て、現在は倉庫として使われています。
九州大学名誉教授の北村泰一さんは、そりを引く樺太犬の世話係として第1次隊に参加し、越冬しました。「誰も知らん所に自分が行けるとなるとね、これに勝る喜びはなかった」と当時を振り返っています。
60年の中で、日本の観測隊は大量の隕石やオゾンホールの発見など、さまざまな成果を挙げてきました。人間が活動する領域から離れ、地球環境の変化が最もよく見える南極。1次隊の時からその希少性は変わっていません。例えば去年、基地で観測している二酸化炭素の濃度が400ppmを突破しました。およそ60万年前から200~280pp程度で安定していたのが、産業革命以降は上昇を続け、ここ数年は上昇率が加速していることが昭和基地での観測で明らかになりました。
これから1年を昭和基地で過ごす第58次隊の岡田雅樹越冬隊長は、60周年の記念式典で「さらなる観測成果をあげながら、国際社会に向けて発信していきたい」と抱負を述べました。次は何を明らかにするのか、観測隊員は新たな1ページを刻もうとしています。

ペンギンの子育て

今林隆史(RKB報道部)

夏の昭和基地では、舗装されていない泥道をトラックや重機が行き交っています。ある日、その泥道を歩く黒い影が見えました。お尻を振り、軽快にステップを刻みながら進むアデリーペンギンです。基地内を数百メートル横断し、海氷の方へ消えていきました。




南極といえばまず思い浮かぶペンギン。かわいらしい姿は、観測隊員の中でも人気ナンバー1です。基地で姿を見かけた時には多くの隊員がカメラを向けます。このペンギンが集団で子育てをしている場所があります。基地から南に20㌔ほど行った「袋浦」です。ここに58次南極地域観測隊の3人が泊まり込んで生態を調査しています。
夏の南極は太陽が沈まないとはいえ、夜中に日が傾くと寒さが増します。取材で調査用の小屋に泊まった際には、防寒着で寝袋に入っても寒くてなかなか眠れないほどでした。そうした厳しい環境で隊員が1か月余り寝泊まりしながら調査を続けています。
近々、もう一度「袋浦」に行く予定です。ペンギンの雛はどれくらい大きくなったのか、今から楽しみです。


南極の年末年始

今林隆史(RKB報道部)

新年あけましておめでとうございます。南極・昭和基地の年末年始は、1万4000キロ離れた日本を感じさせるものでした。大晦日には雑煮用の「餅つき」。
大晦日には雑煮用の「餅つき」
ガスボンベで手作りした「除夜の鐘」。
「年越しそば」と南極料理人が腕をふるった「おせち料理」
「年越しそば」と南極料理人が腕をふるった「おせち料理」。太陽が24時間沈まないため「初日の出」は拝めず、テレビの正月番組を見ることもできません。しかし、昭和基地には日本らしい年末年始の光景がありました。
何時になっても外が明るい夏の南極。暗くならないために、時間を忘れて働きすぎたり、眠れなくなったりする隊員もいます。逆に冬は、一日中太陽が昇らない極夜となります。どちらにしても生活のリズムを整えるのが大変です。このため、正月だけでなく冬至や節句などが南極では大切にされています。日本では季節行事がおろそかになりがちですが、ここ南極では楽しむだけではなく、時の移り変わりを感じる大きな役割がありそうです。

南極・昭和基地に到着しました。

今林隆史(RKB報道部)

およそ3週間の船旅を経て、日本から1万4000キロ離れた南極・昭和基地に到着しました。

360度広がる氷の海。沈まぬ太陽。そこで暮らす動物たち…。航海中に見た南極の海には、まさに絶景が広がっていました。この海は多くの生命を育んでいて、クジラやアザラシ、ペンギンが次々と現れました。特に南極観測船「しらせ」の近くまでやって来たアデリーペンギンの群れには、観測隊員も撮影熱が上がっていました。


これから、ドローンを使った大気環境の調査、ペンギンにカメラを付ける生態調査、湖底の生態系を探る潜水調査など、多様な調査が計画されています。
60周年という節目を迎えた南極観測から、どのような過去と現在、未来が見えるのか?取材していきます。

南極大陸沿いの氷海を西に航行中

南極日記スタッフ

今林記者から
「12月18日現在、南極大陸沿いの氷海を西に航行中です。
本日、ヘリコプターに乗り、氷の状況を視察してきました。
昭和基地には22日または23日に到着する予定です」と報告が来ました。
昭和基地ではネット環境も整っているので、もっと詳しい南極の話題をお知らせすることが出来そうです。
ももピッ!隊員の様子は、アニメで随時アップしていきますのでそちらもあわせてお楽しみ下さい。

南極観測船「しらせ」順調に南下中

今林隆史(RKB報道部)

現在、南極観測船「しらせ」は順調に南下中で、南緯40度を超えました。
「吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度」と呼ばれる風が強い暴風圏に突入しています。
かなり揺れていますが、今のところ船酔いにはなっていません。
観測の取材などを進めています。

南極観測隊「しらせ」乗船

今林隆史(RKB報道部)

日本を出発した南極観測隊は、西オーストラリアの港町・ フリーマントルに向かいました。ここで、先に到着していた南極観測船「しらせ」に乗り込みました。
ここフリーマントルが物資を補給できる最後の場所です。
隊員総出で生鮮食品や卵などを積み込み作業を行いました。


南半球にあるフリーマントルはこれから夏本番です。


強い日差しの下、薄着の人が行きかう中でのクリスマスセール。


出港後、4か月の間は補給がない状態で南極観測の任務にあたります。

こんにちは。ももピッ!隊員です。

ももピっ!隊員

11月27日(日)、第58次南極観測隊は成田を出発しオーストラリアに向かいました。

今林記者は出発の間際まで、小型カメラでみんなの様子を撮影していました。
忙しいのに、とてもマメです。
ももピッ!も、今林記者とおそろいの防寒服でキメて、立派な隊員風でしょ?


この後、西オーストラリアのフリーマントル港から観測船「しらせ」で南極に向かいます。この船は砕氷艦、つまり氷の中をバリバリと進むそうです。 南極海は非常に荒れる海で船酔いもハンパない、とのこと。酔い止めを忘れないように飲まないと…

これからも道中の様子や、南極での出来事をアップしていきますね

ももぴアニメ動画

今林記者 プロフィール
2001年4月RKB毎日放送に入社。現在は報道部記者。
九州大学・同大学院にて「地球惑星科学」を学び、ニュース取材に加えて防災・環境・考古学などのドキュメンタリー番組の制作にも携わっていて、TBS系列の「報道特集」や「夢の扉+」でも放送されている。
気象予報士と潜水士、防災士の資格を有する

2009年「黒い樹氷~自然からの警告~」科学技術映像祭 内閣総理大臣賞
2012年「風を集めて“レンズ風車”未来への挑戦」同映像祭 文部科学大臣賞
2013年「甦る元寇の船~神風の正体に迫る~」同映像祭 文部科学大臣賞

今林記者のひとこと

ハレー彗星の接近が話題となった30年前の1986年、博多港に南極観測船「しらせ」が寄港。
見学に行ったことが大学で地球惑星科学を専攻することにつながりました。報道部での事件・行政・経済の取材に加え、一貫してライフワークとしてきたのが「地球環境」についての取材です。
地球温暖化の影響が徐々に現れる中、最新の南極観測から見えてくるものとは?
南極のこれまでの調査で判明した姿と、南極の「今」を取材することで、地球の未来に迫りたいと思います。