松重豊の大シベリア5000キロ~日本人が知らない餃子ロード~

番組概要

近くて遠い国・ロシア・・・。
ユーラシア大陸はヨーロッパからアジア、アジアからヨーロッパと食をはじめ
様々なものが行き交った場所でもある。
ロシアは実はギョウザ天国。ロシアの各地域では個性豊かなギョウザが存在している。
そんなロシアギョウザの中でもブリヤート共和国には、「幻のギョウザ」があることを知る。
そこで福岡出身、俳優・松重豊が「幻のギョウザ」を探しに行く旅に出る。
松重豊、ギョウザは、作るのも食べるのも相当こだわりがある。
モスクワから始まり、シベリアそして未知なる国ブリヤート、
珍しいギョウザを探す旅で松重の目の前に広がる世界は驚きの連続だった。

ロシアの首都、モスクワ ここで食べられていたギョウザとは?


松重はまず、ロシア伝統の餃子「ペリメニ」に注目する。
「ペリメニ」は、サワークリームのようなものをかけて食べる庶民食だが、
最近では皮から餡まで様々な組み合わせで食べられている。
モスクワではオシャレな若者が多い場所に、ペリメニ専門店も続々オープン。
各店舗の競争も激しく、日々進化していた。
ペリメニは、「シベリア方面から伝わった食べ物らしい?!」との情報をキャッチ。

ロシア風餃子「ペリメニ」

シベリアの中心都市イルクーツク

そこで、シベリアの中心都市イルクーツクを目指した松重。
市場の精肉ゾーンで見たモノは、ギョウザを作るための「肉」。ミンチではなく、肉そのものを売っているのだ。
ここイルクーツクでブイヨンで食べるギョウザや麺状のギョウザなど様々なギョウザが存在することを知ることに・・・。
さらに有力な情報が・・・。隣のブリヤード共和国に幻のギョウザがあることを知る。

シベリアの中心都市イルクーツク

そこで松重は、幻のギョウザを求めて、イルクーツクの隣、ブリヤート共和国の首都・ウランウデに向かう。
ウランウデは、昔から交易の拠点で多くのモノが行き交ったと言われている。
また、ブリヤート共和国一帯は、シベリア抑留日本人たちが数多く過ごした歴史を持つ。

  • ウランウデ周辺では、日本人が建設に関わった建物も多く、中でもウランウデ芸術劇場の指揮を取っていたのは、なんと日本人だった。ブリヤートに残る日本人の足跡をたどる。

  • ブリヤート共和国は旧ソ連時代の宗教弾圧を経てロシア連邦でわずかしか残っていない仏教国の一つ。第二次世界大戦後、多くの日本人抑留者がいたとされる地域。ここには昔から祈りある暮らしがあり、そこでは亡くなった日本人の供養も、行われていた。

  • 昔のブリヤート人は、いったいどんな暮らしをしていたのか? 松重は、ブリヤート原住民が住む村「マクソホン村」へ向かう。
    マクホソン村で開催されていた祭りに参加。原住民との触れ合いの中で幻のギョウザ「ブーザ」に会えるのか!?

幻のブーザ」

ブーザは、食べ方が面白い。
先に少し皮をかじり、その穴から肉汁を飲みきってから食べるという日本とは異なるものだった。
元々遊牧民だったブリヤート人は冬を越すために羊や牛をつぶして自然冷凍し、肉だけを食していたが、シルクロードで人やモノの流れが盛んになってきたことで小麦粉が手に入り、現在のように「包む」ギョウザを「ブーザ」として食べてきたという。

日本のギョウザとは似て非なるブリヤートで見つけた「ブーザ」。
「シルクロードがもたらした人とモノの交流」に思いをはせる松重。
ギョウザに誘われて始まった松重のロシアの旅…。
その先に待っていたのは日本とロシアの間に眠っていた不思議な関係だった。

今回、西洋と東洋が繋がる何かがあるのだと確信したことも僕の中では大きかったです。
シベリア鉄道で出会ったポーランド人と話をしていたら、ポーランドにもギョウザに似たような食べ物があると言っていました。
東へ西へ、シルクロードの交易で世界は繋がってきた歴史があり、そのことをギョウザ一つとってみても実感できたと思います。
ギョウザは形を変えて世界中で愛されていると実感しました。
でも、私にとっては日本のギョウザが一番うまい、完成度が高いという事も実感しました(笑)。
大陸から持ってきて、それを日本で更に独自のアイデアで発展させており、これは凄いことです。
ロケが終わった後も日本のビールを飲みながらギョウザを食べたいという思いが高まりました。
この番組は午後4時放送なので、この番組を見て頂いたら、もの凄くギョウザが食べたくなると思います(笑)

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