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龍山 康朗のコラム

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プロフィール紹介

プロフィール

名前

龍山 康朗

誕生日

10月19日 てんびん座

出身地

福岡県福岡市

血液型

A型

自己分析グラフ

趣味・特技

バードウォッチング、登山、天文、落語、俳句

好きな○○

好きな歌:
中島みゆき「宙船」

ちょっと一言

tenki@rkb.ne.jpにお便り、取材依頼(屋外イベント)お待ちしてま~す!!

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被災地を見て(2011/7/12)

 「とにかく、被災地に行ってください。行けば、必ず何か感じるから」と、ノンフィクション作家の吉岡忍さんに背中を押された。吉岡さんは、東日本大震災発生後、すぐに被災地に入り、その現状を発信し続けているジャーナリストの一人。

たった一日だが、6月後半に1人で被災地に入った。

前日に所用で東京入りしていたため、当日は始発の東北新幹線に乗り込み、まずは福島経由で仙台まで。未曾有の大災害。わずかな一日しかないため、新幹線の沿線の被害も見ようと、窓際に席を陣取り、外に目を凝らす。が、まったく被災の様子は見られない。仙台市内に入っても、ほとんど瓦礫は片付けられているようで、とても被災した街と思えない。

「おかしいな~」と思いながら、特に大きな被害と報道されている、仙台の北東、石巻市に向かう。不通区間が多く時間がかかる電車はあきらめ車を借りるが、何と高速道路はほぼ全線復旧していて、たった1時間で石巻駅前に到着。ドライブに来たような感覚に落ちる。流石にここまで来れば、瓦礫や、家の傾きなど、震災の傷跡は所々に見えるものの、やはり思っていたほど酷くない。テレビは、本当に酷い所だけを切り取って、それが全てと私たちは錯覚していたのか・・・。

とにかく被災地をできるだけ見なければと、大津波で最も大きな被害となった石巻港へ。駅から海の方へ向かうと、上り坂になっていて、数十メートル標高が上がる。それから少し下ったところで、前を行くタクシーが止まり、観光客らしい2人を降ろしてUターンして戻って行った。

そして、私の車の前に、突然海沿いの景色が広がった。思わずブレーキを踏んだ。息をのんだ。涙がとめどなく流れた。

今、この文章を書きながらも、涙がこぼれる。

何も無い、色も無い、死んだ街が、目前に広大にあった。何もかもが破壊されていた。「空襲」なんて、もちろん経験したことないのに「空襲の後のようだ」と思った。立ち竦んだ。

 沿岸の方に下って、歩いて津波の残骸の写真を撮って回った。歩けども歩けども無残な光景が延々と続く。木材が家屋の壁を突き抜けている写真を撮ろうとして足元を見ると、風呂場だった。家が丸ごと流され、床のタイルだけが残っていた。どうしたら車がこれだけグチャグチャになるのだろうか。津波で流され押し寄せた数十台の車が校舎でせき止められ、それに火が着いたのだろう。真っ黒に焦げた小学校を見て、また涙が出た。私の隣で、その学校の卒業生と言う男性も、泣いていた。

気温は30℃を超え、埃っぽい被災地だった。私の心の中も乾いた無力感がいっぱいになった。しかし、この自分が見た事を、忘れることなく、しっかり伝えなくてはと強く思った。さらに伝えるために、報道という仕事で、そして家族とともに、今後もできるだけ訪れていきたい。