「痛いよー!」風呂に入るだけで苦しんだ6歳のころ 「魚鱗癬」とともに生きる28歳の青年
福岡県北九州市在住の梅本遼さん(28歳)は、国の指定難病「魚鱗癬(ぎょりんせん)」を持って生まれてきました。全身の皮膚が鱗のように硬くなり、剥がれ落ちる症状が起きます。遺伝性の病気で、全国で患者数は200人と言われています。カメラは5歳の時から23年間、取材を続けてきました。
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幼稚園長「通常の子供と何ら変わることがない」
2001年、遼くんは地域の子供たちと同じ幼稚園に通っていました。
わしみね幼稚園 中尾暢宏園長「通常の子供と何ら変わることがないので、受け入れられると判断したわけです」
運動会には、高見さんをはじめ「がんばれ共和国」のスタッフが応援に駆け付けてくれました。
「遼くん、がんばれー」
高見俊雄さん「走らせてもらえるのがいい。こういう病気だから『走らんでいいよ』と言われると、こんなつらいことないよね。でも、本当に遼が伸び伸びしとる」
教育委員会が就学に難色
周りの子どもたちと一緒に、伸び伸びと過ごしていた遼くん。しかし、大きな壁にぶつかります。小学校への進学問題です。普通の小学校に通わせたいと考えていた両親に、教育委員会が難色を示したのです。
母の梅本千鶴さん「小学校に上がる時、教育委員会の方に『アトピーだとどんなに重症でも小学校に行けるのに、なんで魚鱗癬だったら受け入られないんですか』と言ったんです。多分、病名の認知度が低いから。『その病気ってなあに?』って。病名だけで偏見持たれるんですよね」
幼稚園で遼くんと3年間接してきた園長も、気がかりでした。
わしみね幼稚園 中尾暢宏園長「遼くんの場合、障害が二つあるんじゃないかと思うんです。運動機能が若干健常児よりも劣ることと、姿です。それは、
“自分自身の障害”じゃなくて、“学校で生活していく上での障害”です。遼くんに接してくれる人たちが、どういう思いを持ってもらえるのか…。何らかの保護がなければ、遼くんは学校生活を送るのが難しいと思いますから、私はやはり養護学校に入った方がいいんじゃないだろうかと考えています」
最終的に特別支援学校を選択
遼くんが自分らしく居られる場所はどこなのか? 両親は悩んだ末、特別支援学校を選択しました。
高見俊雄さん「うちだって同じ。病気や障害をもったお子さんをもったお母さんたちが、みんな最初にぶちあたる問題じゃないですか。本当は普通の学校にやりたかった気持ちは強かったと思いますよ」
皮膚がウロコのように…国の指定難病「魚鱗癬」密着取材
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