今日感テレビ│月~金 ごご1時55分

【特集】九州の戦争遺跡 著者と巡る戦後75年

おすすめ情報 話題・人

終戦から75年。第二次世界大戦中、福岡県内でも空襲で爆撃を受け、多くの犠牲を伴いました。「戦争遺跡」(戦災の跡を残す建造物や軍事施設の遺構の総称)と呼ばれる戦争の生き証人とも言える遺跡を記した「九州の戦争遺跡」。12年間で200か所以上の戦争遺跡の調査・研究を行い、まとめ上げたのが江浜明徳さんです。
今回は江浜さんと共に福岡県内の戦争遺跡を巡りました。

◆「九州の戦争遺跡」/著・江浜明徳
☆購入はAmazon九州の戦争遺跡 江浜明徳 ←検索
※図書館での貸し出しもありますので、最寄りの図書館でお探しください

雷山地区防空壕跡

糸島市雷山地区は静かな農村地帯でありながら、福岡大空襲と同時に爆撃を受け、甚大な被害をうけました。この雷山空襲は、一説では米軍爆撃機が山の裏側の影と博多湾を錯覚し、早期爆撃をした…つまり誤爆だったという説もあるのです。この雷山地区に残る「雷山地区防空壕跡」。古墳時代の横穴式石室を地元の人が防空壕として利用していたもので「オニグラ」と呼ばれていました。真夜中に爆撃を受けた雷山の村人達は、その防空壕へ必死で走り、真っ暗な古墳の中で一夜を過ごしたのだそうです。

雷山空襲で両親・弟・妹の4人を失った山下凡夫さん(85)は、当時10歳。当時の体験を残されたきょうだいと共に、後世に伝えてきました。またその体験は、絵本「ぼくの村にB29がきた」にも綴られています。

◆雷山地区防空壕跡/糸島市香力
アクセス…西九州自動車道前原ICより10分、糸島市コミュニティバス▶香力下車徒歩10分

◆絵本「 ぼくの村にB29がきた」
※現在、増版の予定がないため、最寄りの図書館でお探しください

能古島震洋基地跡

福岡市西区からフェリーでわずか10分のところにある能古島にも戦争遺跡はありました。
釣り人が釣りを楽しんでいる海岸。のどかな海岸線を歩くと、海中にかすかに石積みの建造物が伸びているのが見える。これはかつてここにあった特攻艇“震洋”の発進用のスロープなのです。“震洋”とは日本各地の海岸に配置された特攻用のベニヤ製の小型艇で、船首に爆薬を装備し敵の艦艇に体当たりし自爆するものでした。能古島の「震洋」は訓練をしていたものの、実戦に出ることなく終戦を迎えたということです。

◆能古島震洋基地跡/福岡市西区能古
アクセス…西鉄バス▶能古渡船場行き終点下車➡能古島行きの渡船場より市営渡船で10分➡能古島の渡船場到着後徒歩で15分
※一般車両の乗船は難しいので姪浜の渡船場横の渡船専用駐車場に停めた方がよい

門司港軍馬水飲み場跡

観光地として賑わう門司港レトロ地区にも戦争遺跡があります。門司港駅から徒歩で3分ほどのところにある「門司港軍馬水飲み場跡」。
全国から集められた約100万頭の農耕馬が、軍馬として徴発され、ここ門司港から軍用船で戦地に送り込まれたのです。馬にとって最後の「お別れの水」を飲んだ場所が、この水飲み場だったのです。
またここには、戦線へ向かう将兵たちを偲び平和を願う「門司港出征の碑」や門司税関には出征のなごりである「係留ビット(ボラード)」も残されています。

◆門司港軍馬水飲み場跡/北九州市門司区西海岸1丁目
アクセス…北九州都市高速大里ICより車で10分、JR鹿児島本線▶門司港駅下車すぐ

戦後75年。戦争体験の語り部が減り”戦争”の記憶が失われていく中、「戦争遺跡」は私たちに平和の尊さを無言で語りかけている。だからこそ、「戦争遺跡を訪れた際にはしっかりと耳を傾けてて欲しい」と江原さんは言います。