【一問一答】福岡5歳児餓死「来たら困る」家庭訪問した幼稚園教諭が感じた“異変”~裁判2日目

飽食の時代にあばら骨が浮き出た5歳の男の子が餓死した。福岡地裁で開かれた2日目の審理には、体重が減って痩せ細る男の子を心配していた当時の幼稚園の教諭などが出廷。「女」に家庭訪問を妨害された際の一部始終を証言した。

その女とは、母親を支配し男の子に食事制限を課したとされるママ友の赤堀恵美子被告だ。

◆共通の知人に「LINE履歴の消去持ちかけ」
この日はじめに証言台に立ったのは、いずれも保護責任者遺棄致死罪に問われた赤堀恵美子被告と母親の碇利恵被告(懲役5年の判決、控訴中)の共通の友人だ。

検察側の証人として2人との関係や碇被告の借金や生活の困窮ぶり、翔士郎ちゃんが弱っていった経緯を証言した。

共通の知人女性:
翔ちゃんが亡くなって、4月25日に警察に話を聞かれた。赤堀とのラインを消していた。その日に3人で会っていて、赤堀さんから「碇とのラインを消してるから、消しとった方がいいよ」と言われました。

6月頃だったと思うが、碇さんから「40人くらいのママ友グループで私の情報流れてる」とか「家に監視カメラついてる」とか聞いてきた。赤堀からそう聞いたんやけどって言っていました。そんなラインないし、監視カメラとかそんなことするわけないやんって言いました。

時期は覚えていないが、赤堀さんから電話かかってきて、今から家に行っていい?と聞かれた。いいよって言って赤堀さんが家にきて、ラインの復元ってできるとかいなって聞いてきた。素人やけん難しいやろうけど警察はできるんやないかなとか答えました。

碇さんがICレコーダーを持って赤堀さんと話し合うのに同席した。碇さんからいてほしいと頼まれたから。碇さんは「もう本当のこと言っていい?」と話し始め、裁判のお金どこにあるのとか、今まで払ったお金って戻ってくる?とか聞いてました。碇さんが赤堀さんに色んなことを質問していたので、答える赤堀さんの様子はいつもと違うなと思いました。赤堀さんが本当のことを言うと、みたいな言い方をしていたので、警察にも嘘をついているのかなと思いました。

◆食事を与えられず極度の栄養失調に
事件が起きたのはおととし4月。福岡市のベッドタウンである篠栗町のマンション。ここにシングルマザーの碇利恵被告と2人の兄と一緒に暮らしていた5歳の翔士郎ちゃんは、極度の栄養失調に陥り命を落とした。死亡原因は「餓死」だった。亡くなるまでの1週間、翔士郎ちゃんはパンやおかゆなどのわずかな食事しかとっていなかった。何も口にしない日も3日あったという。

◆幼稚園の“家庭訪問”を妨害か
続いて証言台に立った幼稚園の教諭は、夏休み明けに翔士郎ちゃんが痩せていて元気がなかったことを振り返った。

教諭の法廷証言によると、体調を心配して碇家に家庭訪問することになるも、赤堀被告が「何ですか押しかけたりして!」と声を荒げ妨害したという。

Q幼稚園で身体測定などはしましたか?
Aはい。9月当初、痩せたと感じたので体重をはかりました。
Q幼稚園としてどう対応しようとしましたか?
A保護者である碇さんに会って、家庭での様子を聞いたり、幼稚園での様子を伝えようとしました。
Qそれはできましたか?
Aできませんでした
Qなぜできなかったのか理由を教えてください
A碇さんと連絡がとれなかったからです。
Q幼稚園は送り迎えが必要ですよね?
Aはい
Q翔士郎ちゃんの送り迎えは誰がしていた?
A友人の赤堀さんがしていました
Q令和元年10月10日6時40分ごろ、教諭が家庭訪問しましたね?その教諭というのはあなた?
Aはい
Q赤堀さんが乗っていた車に碇さんが乗っていた?
Aはい、助手席に座っていました。
Q赤堀さんが車から降りてきてからのやりとりを教えてください
A少し離れた駐車場で車から降りてきて、「なんですか?おしかけたりして」と言われました。
Q家庭訪問に来た目的は言いましたか?
A翔士郎ちゃんが痩せて心配なので、碇さんと話したいと言いました。
Qそれに対して赤堀さんはどうしましたか?
A「碇さんは体調が悪く、3日間病院で点滴をしている。今帰ってきた」と
Q他には何か言われましたか?
A「うつ病」と言っていました。診断がとれたら連れて行くから今はそっとしてほしいと言われた。
Q赤堀さんはどんな口調でしたか
A最初は大きい声でそのあとは普通でした。
Q今の会話は、赤堀さんから一方的に言われた?
Aどちらかというと一方的でした
Q碇さんは車から降りてこなかった?
Aしばらくして降りてきました
Q碇さんとはどんな会話をしましたか
A赤堀さんから体調が悪いと聞いていたので「お母さん大丈夫?」と声をかけました。碇さんの反応は「え?」という感じでした
Q碇さんとは翔士郎ちゃんの体調や家庭での様子を話すことはできましたか
Aできませんでした
Qなぜですか
A赤堀さんが横にいて、先程の話と違うように感じたのと、もう一つは、痩せて心配しているので来たと言ったときに「私のことですか?」と碇さんが言い、それに対して「あなたのことじゃないよ」と赤堀さんが言っていたので、その場で碇さんの話は聞けないなと感じました
Q碇さんとはまったく話さなかった?
A帰り際に、碇さんが私のところに来て「翔士郎は元気がないですか?」と言った
Qそれに対して何と答えましたか
A「幼稚園で元気ないから心配で来たよ」と伝えました
Qその時のあなたの声の大きさは?
A小さい声で言ったと思います
Qその時、碇さんの近くに赤堀さんはいましたか
A少し離れたところにいました
Q家庭訪問の翌日である令和元年10月11日、赤堀さんが翔士郎ちゃんを幼稚園に連れてきましたか?
Aはい
Qそのとき赤堀さんはあなたに対して何か話しましたか?
A「きのうの家庭訪問でお母さんが過呼吸になった。習い事のコーチにみてもらった」と言われました。
Q家庭訪問について何か言っていましたか?
A「家庭訪問に来てもらっては困る。弁護士も言っている」と言われました
Q 令和元年10月24日ごろ、幼稚園に碇さんが手紙を送付しましたね?
Aお母さんが仕事をしていないことに幼稚園が気づいて、変更の手続きで手紙を送りました。変更の手続きとは書かずに「直接話したい」旨を書きました。
Qお預かりとはなんのことですか?
A碇さんが仕事をしていたので翔士郎君をお預かりしていました。仕事をしていないのが分かったので変更ということです
Q手紙を送った後の反応は?
Aお母さんからはありませんでした
Qほかの人からは?
A週末に手紙を送って翌週、赤堀さんから電話がかかってきました。
Q電話で赤堀さんはどんな話をしてきましたか
A「手紙の内容は何か」と聞かれました。「こういうことをするとお母さんが不安がる」と
Qそれに対して何と答えましたか
A内容はお母様に答えますと言ったので赤堀さんは怒っていました

◆焦点は「保護義務」「共謀関係」
この事件をめぐっては、今年6月に開かれた母親の碇被告の裁判で、福岡地裁が赤堀被告による「支配」を認定した上で「生命・身体を保護する行動をとることは期待可能で、一定の非難は免れない」として懲役5年の判決を言い渡している。(求刑は懲役10年)執行猶予付きの判決を求めていた碇被告側は、この判決を不服として控訴している。

判決から2か月あまり。赤堀被告は29日の初公判で母親の碇被告の証言の信用性を否定し、無罪を主張した。食事の管理を含めて赤堀被告は本当に碇家の生活を支配していたのか、そして、2人に共謀関係が成立するか裁判の大きな争点となる。

裁判3日目の31日は、死亡した翔士郎ちゃんの母親・碇利恵被告が証人として出廷する予定。

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