“アニメ視聴”邪魔され両親殺害 60歳息子に懲役30年の判決 遺体を冷蔵庫に 福岡地裁
2021年6月、福岡市西区の自宅で、業務用冷蔵庫から2人の遺体が見つかり、世間に衝撃を与えた事件。福岡地裁は6日、松本淳二被告(60)に懲役30年の判決を言い渡した。
◆両親を殺害した60歳息子 量刑が争点
起訴状などによると、福岡市西区の無職松本淳二被告は21年6月、自宅で父・博和さんと母・満喜枝さんを殺害したうえ、博和さんの遺体を業務用冷蔵庫に遺棄したとして、殺人と死体遺棄の罪に問われた。これまでの裁判で松本被告は起訴内容を認め、量刑が争点だった。
検察側は「介護疲れの事件とは全く異なり、極めて身勝手な理由から2人を殺害し、酌量の余地はない」などとして無期懲役を求刑。一方、弁護側は「計画性や強固な殺意までは認められず、被告の重度の障害が犯行に影響を与えた」などとして、懲役23年程度の有期刑が相当と主張していた。
◆社会から断絶された引きこもりの35年間、話し相手は母親だけ
これまでの裁判で明らかになった事件の概要はこうだ。検察側と弁護側の冒頭陳述によると、松本被告は勝手に大学を中退したことを父・博和さん(事件当時88)に厳しく叱責され、苦手意識や嫌悪感を抱くようになった。それ以来、博和さんを避けるようになったという。企業に就職したものの「営業成績がゼロ」(本人の証言)で半年で退職した。その後は、家業の酒店を手伝った時期もあったが、いつしか社会と距離を置き、自室に引きこもるようになっていった。60歳まで年を重ねれば、周囲には退職して第二の人生を謳歌し始める人も出るころだ。松本被告はこの間、実に35年にもわたって福岡市西区の戸建て住宅に引きこもっていた。
一家は年金で生活していた。松本被告は高齢の両親から“お小遣い”をもらいながら、趣味のアニメやDVDを見たり、漫画を読んだりして過ごしていたという。まったく外出しないわけではなく、酒の配達を頼まれれば応じた。母・満喜枝さん(事件当時87)と一緒に買い物に出かけることもあった。ただ、人付き合いという面では社会との関わりはないに等しく、家でも会話するのはもっぱら母親だけだったようだ。そんな満喜枝さんは2021年4月に入院し、車いすで生活するようになる。
◆父親に対する極度の“アレルギー”
弁護側は“引きこもり生活”について冒頭陳述で詳しく説明している。「被告は父親のことは苦手で顔を合わせないように生活していました。一方で母親との関係は良好でした。朝5時に起きて食事の準備や洗濯、掃除などを繰り返していました。午後9時に寝るまで単純で規則正しい生活です。被告は携帯電話は持っておらず、インターネットに触れたことはありません」
父親に対しての強いアレルギーは、検察側と弁護側の双方の説明に出てくる。大学中退をめぐるしっせきを発端に、若いころからずっと馬が合わなかったようだ。2021年初めごろから、博和さんには認知症の症状が出始めた。同じことを聞かれるようになり、松本被告はその度にいら立っていた。
◆神格化した「アニメ鑑賞」絶対に邪魔されたくなかった
引きこもりのまま気づけば60歳。顔も会わせないほど父親は苦手。それでも5時に起きて9時に寝る“規則正しい”生活は続いていた。2021年6月20日までは。この日の午後6時半に事件は起きた。松本被告は父親の博和さんから“初めて”トイレの介助を頼まれることになる。それは、いつものように自室でアニメ鑑賞していた時のことだった――。自室のある2階から1階に下り、トイレを手伝った。部屋に戻って1時間ほど「アニメ鑑賞」にふけっていると、再び博和さんから呼ばれトイレを手伝った。「絶対に邪魔されたくない」時間だったはずのアニメ鑑賞を2度、邪魔されたことで苛立ちを強めていく。午後9時、就寝するために布団に入ると、もう一度「トイレ」の声がした。「その場で用をたすからバケツを持ってきて」と言われたのは、博和さんを抱きかかえるに手こずっていた時だった。
「後処理もしなければいけない、そんなことまでしなければいけないのか(検察側冒頭陳述より)」
いら立ちは怒りに変わり、爆発した。
◆母はつぶやいた「父さんもう死んでいるよ」
検察側の説明によると、松本被告は電気ポットのコードを使って博和さんの首を絞めて殺害したとされる。その様子を見ていた母親の満喜枝さんは松本被告に話しかけた「もう死んどるよ」。我に返ったのだろうか、松本被告は満喜枝さんに声をかけられると、コードから手を離した。そして、博和さんが呼吸しているかどうか確かめた。“苦手意識”と“嫌悪感”の対象だった父親はもう息をしていなかった。
残されたのは、一緒に買い物をして、病院の送り迎えもする良好な関係の母親。だが脳裏に浮かんだのは「口封じ」だった。検察側は、満喜枝さんも博和さんと同じようにコードで首を絞めて殺害されたと主張している。その後、両親の殺害を“隠ぺい”しようと、業務要冷蔵庫に2人の遺体を隠し、粘着テープで目張りしたという。満喜枝さんの通院先や親族、介護支援センターの職員が心配しないようにさまざまなうそをついて、2日間は冷蔵庫のある自宅で過ごした。しかし、これ以上ごまかしきれないと考え、事件から3日後の6月23日、松本被告は引きこもっていた自宅を出た。
◆引きこもりからの逃亡生活、逮捕されたのは京都
35年間、アニメやDVD鑑賞をしながら自宅にいた松本被告のフットワークは意外にも軽かった。捜査の行く手がおよばないように、全国各地を転々とする松本被告の居場所の把握に捜査当局は手こずった。しかし逃亡生活は長くは続かず7月4日、京都市内のホテルを出たところで福岡県警の捜査員に逮捕された。
裁判でも起訴内容を全て認めた松本被告。検察側は博和さんの殺害について、「トイレ介助を頼まれて趣味の時間を邪魔されたと一方的にいらだちを募らせた悪質な犯行」と主張。また、満喜枝さんの殺害については、「口封じという自己保身のために殺害を決意した」と述べ、「介護疲れの事件とは全く異なり、極めて身勝手な理由から2人を殺害し、酌量の余地はない」として無期懲役を求刑した。
一方、弁護側は「計画性や強固な殺意までは認められず、被告の重度の障害が犯行に影響を与えた」などとして、懲役23年程度の有期刑が相当と主張していた。