今年11月にはアメリカ大統領選挙が控えるが、争点のひとつは移民問題だ。とりわけ、メキシコ国境から渡って来る中国の不法移民への懸念がアメリカで高まっている。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が3月14日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で詳しく解説した。
南米経由でアメリカ入国を図る中国人たち
11月のアメリカ大統領選挙は4年前と同様、現職のバイデン大統領と、トランプ前大統領が対決する構図になりそうだ。そのバイデン大統領は先週、向こう1年間の内政・外交の指針を示す一般教書演説を行った。
その内容は大統領選挙を意識した色彩になった。「アメリカ建国以来、最も厳しい国境警備改革法案を、超党派で準備した。だが、私の前任者が成立阻止を求めたと聞いた」と述べている。前任者とはもちろんトランプ氏のことだ。
移民問題。とりわけ、メキシコ国境から渡って来る不法移民への懸念がアメリカで高まっている。それが大統領選挙の争点になっている。その不法移民はどこから来たか? 実は中国からアメリカを目指す者が急増している。
まず、統計数字を紹介したい。アメリカの南の国境、つまりメキシコとの国境を越えて拘束・保護された不法移民は、2022年10月から2023年9月までの1年間で250万人。3年連続で過去最多を更新した。今年に入ったあとも、不法移民の波が続いている。
メキシコ側からの不法移民というと、そのメキシコや、南米の途上国からの人というイメージだが、実は中国人が増えている。南西部の国境から入った中国人の不法移民は昨年度1年間で3万8000人。さきほど紹介したように不法移民全体での数は年間で250万人。比率でみると少ないが、国境で拘束された中国人不法移民は、その前の年の10倍に急増している。昨年12月だけで6000人近くもいた。
豊かになった中国人たちが密入国をする理由は?
かつては日本にもコンテナ貨物に隠れて密航してくる中国人がいた。だが、豊かなになった中国で、不法移民が増えているのはなぜなのか。
彼らの多くが、不法な手段を使っても、アメリカを目指すのは、「今の中国にない自由を求めて」、また「中国国内では経済的に行き詰ったから」…などを理由に挙げている。かつての密航者のように、「着の身着のまま」という感じではない。あとで解説したい。
ここ数年、中国の国際的地位の向上に伴って、ビザなし、ノービザで入国できる国が増えている。まず目指すのは、ノービザで行ける東南アジア。東南アジアは中国人にとって手軽な観光旅行先だから、中国からの出国も容易だ。
その後、彼らが目指すのは、南米エクアドル。太平洋に面した国だ。この国も、中国人はビザが要らない。そして、陸路、北上する。エクアドルの北に位置するコロンビア、パナマ、コスタリカ、ニカラグア、グアテマラ、そしてメキシコへといったコースだ。
当然、危険も伴う。それぞれの土地で、金を受け取って手引きする斡旋業者がいる。彼らは国を越えて連携している。アメリカを目指す中国人たちは時に、道なき道を行く。そして、アメリカと国境を接するメキシコにたどり着くわけだ。しかし、そこは国境警備が厳重だ。
だが、メキシコとアメリカの国境にも、手引きする集団が存在する。彼らが築いた国境の抜け道を通って、また、貨物にまぎれて、念願のアメリカ入りを果たす。ニューヨーク・タイムズのルポを読むと、中国を出てから2か月をかけた者もいる。
「カリフォルニアに入ってしまえば、成功」
メキシコと国境を接するアメリカの州はたくさんあるが、中国人不法入国者が選ぶのは、カリフォルニア州だ。州独自の移民取締法を目指すなど、施行不法移民に厳格な対応を取るテキサス州(=ここは共和党が州知事を務める)などとは違って、カリフォルニア州では扱いがいいからだ。
彼らは自ら国境警備隊に出向く。入国管理施設に収容したあと、亡命申請する者に対しては簡単な審査のあと、身柄は解放される。不法移民はいわば自由の身となり、それぞれの目的地に向かう。アメリカでは、亡命希望者は一定の条件を満たせば、アメリカ国内での滞在が認められている。
トランプ氏は大統領在任中、メキシコとの国境に巨大な壁を建設したが、不法移民からしたら、「カリフォルニアに入ってしまえば、成功」というわけだ。現在の大統領、バイデン氏は「入国管理を強化したり、国境警備の人員を増やしたりすることが不法移民の流入を防ぐことにつながる」と主張してきた。だから、そのためには国境警備法案の成立が不可欠だと言う。
国境警備法案は、国境警備の捜査官や、移民審査官を増員して、摘発の強化、審査のスピードアップを目指すものだ。だが、バイデン氏が言うように、超党派で提出した国境警備法案に対し、トランプ氏が成立を阻止しようと圧力をかけている。トランプ氏は移民が増えたのは、「民主党政権のせいだ」とバイデン氏の失政にしようとしている。バイデン大統領は一般教書演説の中で、移民問題にこう言及した。
「私は前任者と違う。『移民はアメリカの血を汚す』と悪者扱いはしない。家族を引き離すことはしない。信仰を理由に米国への入国は禁じない」
「移民制度を修正し、国境を守り、夢を追う者たちに市民権取得への道を提供する。前任者と違って、アメリカ人として我々がどのような国民であるかを知っているからだ」
ここでも前任者(トランプ氏)との立場の違いを示すが、国境警備の強化はバイデン氏も同じ。その増え続ける不法移民の中で、豊かになったはずの中国人の割合が増加している。
米中関係の新たな摩擦に?
彼らは念願のアメリカ入国後、亡命申請をする。冒頭に説明したように、彼らはその理由として、「自由がほしかった」「宗教的な迫害を受けた」などと述べている。もちろん、そのとおりの者もいるだろう。習近平体制が強固になるなかで、息苦しさは増しているからだ。
ただ、それらを理由に挙げることで、亡命申請が受理されやすいように、と考える者も含まれているのではないか。中国からアメリカを目指すのは、ほかにも理由がある。それは経済的な困窮だ。中国独自の「ゼロコロナ」政策がもたらした中国経済へのダメージは小さくない。生活環境が一変した中国市民は多い。一方のアメリカは好景気が続く。あこがれも強まるのだろう。ただ、「生活が苦しくなった」というのは、亡命理由にならない。
大きな政治テーマである不法移民問題。大統領選挙が近づけば、外交姿勢が強硬になり、内向きに転じるのは、これまでも繰り返されてきた。全体としての中国パッシングの中で、この不法移民問題が大きな要素になる可能性はある。近く実現するという電話での米中首脳協議でも、この問題が取り上げられるかもしれない。
ただでさえ、トランプ氏は国内で起きる犯罪と移民を結びつけ、国民の失業問題も移民のせいだと主張してきた。「もしトラ」。「もしもトランプ氏が再び大統領になったら」という言葉が現実味を増すなか、アメリカを目指す中国人不法移民の問題は、新しい摩擦になりそうだ。
この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう
この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。