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「世界最強のパスポート」にビザを課す…日本と中国の関係の現在地

飯田和郎

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日本のパスポートを持っていたら、世界の200近い国や地域に、ビザなしで渡航し、滞在できる。別名「世界最強のパスポート」を持つ日本人だが、隣国・中国へは現在ビザが必要だ。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が4月18日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、ビザ問題から見える日中関係の「現在地」についてコメントした。

「世界最強のパスポート」

海外へ渡航する時に、必要なパスポート。一般旅券と呼ばれる、われわれ日本人が持っているパスポートは2種類ある。赤色のものは有効期限が10年、紺色は有効期限が5年。今のパスポートのデザインは、江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景」だ。

その日本のパスポートがあれば、観光旅行やビジネス目的なら世界の200近い国や地域に、ビザなしで渡航し、滞在できる。滞在期間はその訪問先によって異なるが、ビザなしで行ける国・地域の数は、世界でトップだ。だから、別名「世界最強のパスポート」と呼ばれている。日本という国、日本人なら発給される日本国パスポートの、信用の高さを表している。

海外にノービザで行ける――。その恩恵を享受している私たちは、この信用を築き上げてきた先人たちに感謝したい。大げさかもしれないが、海外へ行った際には、このパスポートを持つ国民として、ふさわしい振る舞いをしなければと思う。

だが、それでもビザが必要な行き先もある。つまりパスポートのページに、訪問先の国が発行した入国ビザの紙が貼られたり、ビザのスタンプが押されたりしていなければ入国できないケースだ。その中には、以前は観光や商談の場合ノービザで行けたのに、現在ではビザが必要な国がある。

それは隣国・中国だ。以前は15日間までの滞在であれば、ビザが不要だった。いまは中国へ渡航する場合、基本的に日本で事前にビザを取得する手続きが必要で、福岡や佐賀なら、福岡市中央区にある中国総領事館の領事部へ出向いて、手続きする。私の自宅は近くにあるので、中国総領事館の前を通ることがあるが、並んで入館を待つ人の列ができている。

冷え込んだ日中関係を映し出す

中国へのビザが必要になったのは、新型コロナウイルスの感染拡大が要因だ。習近平政権は厳格なゼロコロナ政策を取ってきた。入り口でシャットアウト。つまり、ウイルスを持ち込む可能性のある、海外との人の往来を封じ込めた。

しかし、その中国は感染を徹底して抑え込む「ゼロコロナ」政策を2023年1月に終了した。中国本土に入る際に義務づけていた隔離措置を撤廃したのだ。それから1年以上が経過しているが、日本人に対する入国ビザは免除されていない。

そこが、きょうの話のポイントになる。このビザ問題は、冷え込んだ日中関係をそのまま映し出しているからだ。ビザ免除の問題が、ただでさえ難しい日中関係の政治の道具になっている。中国はあれほど徹底的にやった「ゼロコロナ」政策を転換してから、外国人の中国入国を緩和しているにもかかわらず、だ。

たとえば、今年3月から、中国とシンガポール、それに中国とタイは、それぞれ普通のパスポートを持つ者に関しては、ビザの免除、つまりノービザとする措置を導入した。30日間まで滞在できる。お互いの国がそのような協定を結んだのだ。

それに先立つ昨年12月には、フランスやドイツなど、6か国の国民が中国を訪れる場合、ビザを免除する措置を始めている。こちらは15日以内なら滞在できる。中国外務省はこの措置について「引き続き、高い水準で対外開放を目指すため」と説明している。

中国は国内経済が低迷している。フランス、ドイツといった主要国からの投資を呼び込み、景気回復につなげたいからだろう。「開かれた中国」というイメージを広げ、より多くの観光客を招き入れたいはずだ。

だが、景気回復を目指すなら、経済の結びつきが強い日本から来る人のビザは、真っ先に免除したらよいのではないか。日本人ビジネスマンが頻繁に中国へ行けないし、ビザを取得するのに時間がかかるなら、中国訪問を面倒に感じてしまうのではないだろうか。

「相互主義」を日本に求める中国

中国国内で活動する日系企業を中心に、日本側はビザを免除する措置を早期に再開するよう、要望している。だが、そこに政治が絡む。1月に中国外務省のスポークスマンはこう述べている。

「日本の各界から要望が寄せられている、ビザの免除措置の再開について、真剣に検討したい」

だが、同時にスポークスマンはこうも言っている。

「日本が中国側と向き合って歩み寄り、双方の人的往来が、より円滑になることを期待している」

ポイントはここだ。「双方の人的往来が、より円滑になる」つまり、中国としては「こっちは日本人に対してノービザにするから、そっち、つまり日本も、中国人が日本へ行く時、なんらかの措置を考えてくれ」と呼びかけているのだ。

入国に関する「相互主義」ということだ。コロナウイルスが拡大する前、日本人が中国へ行く場合、短期間ならノービザだった。一方、中国人が日本へ行く時は観光旅行であれ、ビジネスでの訪問であれビザが必要だった。これは中国へ、日本人に来てほしいという中国側の措置であって、お互いにビザを免除するという「相互主義」ではなかった。

ある国が別のある国の国民をノービザにする場合、二つのケースがある。政策上、有利だと考えて片方だけがビザなしに踏み切り、もう片方にはビザが必要のまま残る。コロナ前の日本と中国の間はこのケースだった。もう一つのケースは、両方の話し合いによって、両方ともビザなしになる「相互主義」のスタイルだ。

コロナも一段落した。日本側がノービザの再開を求めるなら、今度は「相互主義」の精神に則って、日本側も中国人に対してノービザにしてほしい、ということだ。もちろん、すべての中国人に対して「ノービザにしてほしい」とは求めていないだろう。もし、そんなことをしたら、大量の市民が日本に押し寄せて、さまざまな問題が生じる可能性がある。そこは中国当局も理解しているはずだ。コロナ前に比べて「中国人の日本入国を簡素化してほしい」ということだろう。

ビザ問題は日中関係の現状を知るバロメーター

北京に近い大都市に、天津がある。日本の中国大使、金杉憲治大使は4月11日、その天津市を訪れ、トップである天津市共産党委員会書記の陳敏爾氏と会談した。天津は、トヨタ自動車など日本企業が多数進出している。金杉大使は会談で、短期滞在のビザ免除再開を要請した。実は、この天津市のトップは習近平主席の側近の一人。ビザの問題は、日中間の政治・外交とリンクしていると思う。だから、習近平主席に伝わるように、要請したのではないだろうか。

難問山積の日中関係だけに、やはりビザの問題は政治にリンクしている。岸田総理が国賓待遇で訪米して行われた先日の日米首脳会談の際にも、中国側は会談後に発表された共同声明を非難している。尖閣諸島や台湾問題、それに南シナ海の問題も含め、日米同盟強化に踏み切った内容を指し、「中国の内政に著しく干渉し、中国の利益を損なった」と抗議している。このようなテーマも、今後のビザの問題に影響してくるのではないだろうか。

もう一つ理由がある。冒頭、日本のパスポートが「世界最強のパスポート」と紹介した。その理由として、日本への信用度の高さと説明した。国のステータスを象徴しているとも言える。だから、中国のパスポートを持つことで、ノービザで入れる国を増やしたり、入国手続きを簡素化したりすることは、国家としてのステータスを高め、国民の誇りを駆り立てようとする習近平政権の目的とも一致する。

中国ではスパイ容疑で邦人が拘束されたままになっている。それも含め、さまざまな要因で、日本人の対中感情は芳しくない。ビジネスでも、観光でも、中国へ行こうという意欲が低下している中で、これ以上、人の往来が進まないと、関係改善は見込めない。

中国とて、経済は低迷した状態が続く。日本のビジネスマンには来て、投資してほしいが、そこには政治が絡む。中国も痛しかゆしだ。ただ、ビザ問題は、日中関係の現状を知るバロメーターの一つに思える。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。