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クリエイティブプロデューサーの三好剛平さん

本日公開!イギリス映画「異人たち」の原作は日本の小説!?

今日、4/19(金)よりシネコン各劇場で上映される『異人たち』というイギリス映画、作品単体として見るだけでも十分感動的な素晴らしい作品だ。ただ、これから話す作品の外側にあるエピソードを知ったうえで見ると、作り手がこの作品に込めた想いとその見事さから、さらに「大傑作」認定したくなるような特別な作品になっていると、RKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」に出演するクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんは語る。

 

 

●映画のあらすじ

舞台は現代のロンドン。夜になると人の気配が遠のく、ロンドンのタワーマンションで一人暮らしているのが本作の主人公である脚本家のアダムです。いつものように彼がその一室で、誰と関わることもなく孤独な一日を終えようとしていたある夜、扉の向こうから、ハリーと名乗る謎めいた青年がチャイムを鳴らしてやってきます。どうやら同じマンションに住んでいるらしい彼は、酔っ払ったようすで玄関先に佇み、ウィスキー瓶をちらつかせながら「一緒に飲まないか?」と誘ってきます。しかし突然の訪問者に戸惑ったアダムは、その誘いをやんわりと断ります。

そんなアダムは、彼が12歳のときに死別した両親の思い出を下敷きにした脚本を製作中で、ある日ロンドンから電車に乗って、幼少期を過ごした郊外の町を訪れます。古い記憶を辿りながらかつての自宅や公園を散策していると、アダムの前に、今度は見覚えのあるひとりの男性が現れます。男に連れられて辿り着いたのは、アダムが幼少期を過ごしたかつての自宅。そして家の中からアダムをあたたかく迎え入れる女性もまた、見覚えがあります。そう、彼の前に現れたこの二人は、30年前に死別した、当時の姿のままの両親だったのです。

扉の前に訪れた謎の青年ハリーと、30年前に死別した両親との思わぬ再会。この二つの出来事を通じて、彼は自らのうちに深く閉ざしていた想いを一つずつ解きほぐしていくが——、というお話しになっていきます。

●原作は、あの有名脚本家が手がけた日本の小説

さて、はじめにご紹介したいのはこの映画と日本との深い関わりについて。というのもこの映画はもともと、日本の名脚本家であり、皆さんもご存知『ふぞろいの林檎たち』『男たちの旅路』などを手がけた山田太一さんが1987年に発表し、第1回山本周五郎賞も受賞した『異人たちとの夏』という小説が原作となっています。

この原作はその翌年となる1988年に、あの大林宣彦さんを監督に迎えた映画版も制作され、当時高い評価も集めました。現在この映画版はオンラインの配信でもレンタル視聴できますので、気になる方はそちらも予習がてらご覧になるのも良いかもしれません。

さて、この原作が30年以上もの時を経て何故いまイギリス映画としてリメイクされたのか?実はこの原作は、山田さんの生前からアメリカそしてイギリスで英訳版が出版されており、すでに当時から多くの人々に読まれるものとなっていました。そして既に20年以上前から映画化に向けた動きがイギリス、そしてアメリカなどでいくつも起こっていましたが、いずれも実現には至りませんでした。

その後、2017年から再度この原作の映画化に向けて動いたのが、イギリスの映画製作プロダクションであるブループリント・ピクチャーズです。この会社、名前こそあまりご存知ないと思いますが、ここが手がけた映画には『イニシェリン島の精霊』『スリー・ビルボード』といったアカデミー賞常連監督マーティン・マクドナーらの作品が並ぶ、いわば英国きっての実力派プロダクションです。そしてここで監督として抜擢されたのが、本作『異人たち』の監督を務めたアンドリュー・ヘイなのでした。

 

●アンドリュー・ヘイ監督

アンドリュー・ヘイは、現代映画界の中でも屈指の演出力を備えた、実力派のイギリス人映画監督です。これまで『WEEKENDウィークエンド』『さざなみ』『荒野にて』といった、いずれも素晴らしい作品を発表しており、高い評価を集めてきました。

なかでも男性同士の恋愛をパーソナルな視点から描いた2011年の『ウィークエンド』は、英国映画協会(BFI)が2016年に発表した「映画史上最高のLGBT映画ベスト30」であの『キャロル』に次いで、あらゆる映画のなかから2位に選出されるなど、その後のLGBT映画の流れを変える大きな基点となった作品でした。また、2014年から自身が製作総指揮と脚本・監督を務めたHBOドラマ『LOOKING /ルッキング』では、サンフランシスコに住む30代のゲイ三人組の人生を描き、こちらも非常に高い評価を集めました。

アンドリュー・ヘイ監督は、ご自身がゲイであることを表明しているオープンリー・ゲイの作家です。彼の作品に一貫する、人間やその愛という感情に向ける俯瞰した視線や、愛する誰かや社会とのあいだに横たわる埋めようのない孤独の感覚、そして一方で愛を信じ、強く求めようとするスタンスには、監督自身が人生を通して経験してきた感情と不可分なものとしてあるように感じます。

●監督はその原作を、どのように映画へと翻案(adaptation)したか?

ということで、そんな監督は、山田太一さんの原作をどのように映画にしていったか?というのが今回のご紹介の一番のポイントになりますが、監督は原作のあるひとつの設定を動かすことで、この映画を見事に新たな傑作映画に押し上げることに成功しています。

監督が変更したのは、主人公のセクシュアリティです。山田太一さんの原作では、夜のマンションで扉の前にやってくる人物は女性でした。しかし監督はそこに訪れる人物をハリーという男性に置き換え、また主人公のセクシュアリティも異性愛者からゲイの人物とする変更を施しました。

監督は、山田太一さんが書いた『異人たちとの夏』という小説のなかに、これが作家自身のきわめてパーソナルな物語であること、そしてその圧倒的な「孤独」を読み取りました。実際、山田さんのこの小説は、当時いちどキャリアを上り詰めるなかで、精神的に参っていた時期に自分自身を投影しながら完成させた作品だったと言われています。山田さんの言いしれぬ孤独感と精神的な救いを求めるようすに、自分自身が幼少期からゲイとして生きる中で感じてきた圧倒的な孤独を重ね、作品をアンドリュー・ヘイ監督自身の、切実なセルフストーリーと言えるような物語へと置き換えました。このような置き換えを「adaptation翻案」と言いますが、本作はまさしくそうした「adaptation」の妙が味わえる映画になっています。

ご紹介の最後にその一例をあげると、この映画のなかで、冒頭と終わりには当時のイギリスのゲイカルチャーのなかで深く愛されたフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドというバンドによる1984年の「The Power of Love」という楽曲が登場します。「君を死神から守ってやる、君のドアから吸血鬼を遠ざけるんだ」と歌うとき、この「扉の前にやってきた死神、吸血鬼」とは何なのか? それは一人ひとりの人間を苦しいところまで追い込んでしまう「孤独」のことを言っていたのかも、と理解するとき、「扉の前にやってくる」という劇中のイメージとの反響も含め、この映画が選曲ひとつとっても、いかに奇跡的な翻案を達成しているかを痛感させられます。

山田さんによる原作小説「異人たちとの夏」の英題は「Strangers」でした。しかし今回アンドリュー・ヘイ監督は映画のタイトルを「All of Us Strangers」としています。「私たちはみなStrangersである」。当初の作品が想定していた「異人」のレイヤーにもう一層、切実な広がりを付け加えることで、監督はこの映画を確かな傑作に仕立てきったのでした。

LGBTQ映画の、そしてそれに限らぬ人間の愛にまつわる、新たな傑作が誕生しました。本当に素晴らしい映画です。明日から公開となる「異人たち」ぜひご覧ください。

映画「異人たち」公式ホームページ

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