PageTopButton

台湾独立活動に死刑適用も…中国当局の新指針で見えた「価値観の狭さ」

飯田和郎

radikoで聴く

中国政府は6月21日「台湾独立派による国家分裂行為を認定すれば、死刑の適用も可能」とする指針を発表した。国外にいても欠席裁判ができるとされるが、実効性には疑問もある。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が、6月27日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でコメントした。

台湾独立運動家の拠点だった池袋の町中華

東京・池袋駅の西口から出て少し北側にある飲食街は、ここ数年中国系の経営者が多いことで知られる。「池袋チャイナタウン」とも呼ばれている。ここに、ある台湾人が開いた中華料理店「新珍味」がある。創業は1952年(=昭和27年)、70年以上の歴史がある。味はうまいし、値段はどれも庶民的な町中華だ。

池袋にある老舗の町中華「新珍味」

実はこの老舗の町中華「新珍味」は、一人の台湾独立運動の活動家が開いた。史明(し・めい)さん。今から5年前の2019年に100歳で亡くなっている。史明さんは、日本統治時代の台湾で生まれた。早稲田大学などで学び、日本でマルクス主義に傾倒。日中戦争の最中に、中国大陸へ渡り、中国共産党に協力してきた。ただし、中国共産党に失望し、終戦後、台湾へ帰郷した。

台湾に戻ったものの、国民党の圧政に憤り、国民党の指導者・蒋介石の暗殺を企てた。だが計画は事前に露見し、史明さんは、日本へ密航して亡命した。そして、この中華料理の「新珍味」を拠点に、台湾独立運動を展開してきた。

史明さんの日本での亡命生活は40年に及んだ。そして「新珍味」での売り上げが、活動資金だった。史明さんのように、台湾独立運動の活動家たちの多くは、日本に逃れてきていた時代だった。彼らの活動が民主化された今日の台湾を築いたともいえる。

国家を挙げて対処する姿勢を示す

なぜ、こんな話を紹介するのか。それは、中国で明らかになった新たな動きがあるからだ。中国政府は台湾独立派による国家分裂行為――と認定すれば、刑法の国家分裂罪に相当し、死刑の適用も可能――とする指針を、このほど発表したからだ。

つまり、町中華を拠点に、台湾独立を訴えていた史明さんが、もし存命なら、死刑が適用される可能性もある、というわけだ。さらに、史明さんのような、明確に台湾を独立させるべきだと叫ぶケースだけとは限らない。

今回の中国側の指針発表を受けて、台湾の頼清徳総統がこんな反論をしている。「中国の見解に基づけば、中国との統一に賛成しなければ『台湾独立派』ということだ」。つまり、賛成しない者はすべて独立派――。頼清徳総統が指摘するように、そんな定義も可能だ。

この指針、中国側の強い決意がにじむ。それを説明する記者会見の様子でわかる。指針を連名で発表した5つの組織、具体的には司法省=法務省、警察にあたる公安省、スパイの摘発を担う国家安全省、それに最高人民法院(=最高裁)や最高人民検察院(=最高検)の幹部がズラリと顔をそろえ、6月21日に、北京で会見を開いた。

その記者会見は司法省のホームーページに掲載されている。各組織の幹部が並び、さらに内容を説明する会見の一問一答を載せるという異例の対応をしているのは、ひとつの部署が単独で対処するのではなく、国家を挙げて、対処するという姿勢を示している。この指針は即日、施行された。

「国外にいても欠席裁判ができる」

指針は台湾独立阻止を目的とした法律=「反国家分裂法」に基づく。処罰の対象になる行為として、台湾独立を目指す組織の設立、台湾の国際組織への加盟推進などを挙げているが、訴追の対象となる行為の範囲が明確ではない。

それらも驚きだが、「被告」と認定した人物が中国以外にいる場合であれ、いわゆる「欠席裁判」も可能としている点に注目したい。記者会見で、最高人民検察院(=最高検)の幹部がこのように答えている。

「国家の安全を著しく危険にさらす犯罪に対し、裁判を行う必要があると判断した場合、最高人民検察院の承認を得たうえで、在外にいる被告人に公訴を開始することができる」

「国家分裂の罪の場合、最高刑は死刑。起訴期限は20年と定めている。ただ、国家分裂を目論む犯罪が特に悪質であれば、20年の訴追期限が満了したあとであっても、起訴することができる」

「国外にいても欠席裁判ができる」「訴追期限の20年を過ぎても、裁判に持ち込める」――。つまり、中国が「台湾独立の動き」と認定したら、いつまでも、どこにいても、刑事被告人にする、ということだ。

一方、台湾の頼清徳総統はこの指針に対し「中国には台湾人の主張を罰する権利はない。越境して台湾人を訴追する権利もない」と反論している。実際、中国の司法当局は台湾に対する管轄権がないので、実効性はほとんどない。

中国の価値観の「幅の狭さ」が露呈

実効性がないのに、このような指針を示す中国側の狙いは、台湾への威嚇の一環なのだろう。習近平指導部は独立派と見なす頼清徳政権への圧力を強めている。今の中国の、コワモテ一辺倒、思考の硬直化を象徴する出来事だ。

冒頭に、日本で小さな町中華を経営しながら、台湾独立を主張していた亡命台湾人男性の話を紹介した。今日(こんにち)、台湾には民主社会が根付き、大多数の台湾住民が望んでいるのは「現状維持」=「台湾は事実上、中国と異なる社会が出来上がった」「今のまま、統一でも独立でもない」という考え方だ。亡命男性のような活動家はもう存在しない。

時代は大きく変わった。中国はその変化を認めず、自分たちの意に沿わない行為を、「台湾独立への動き」と認定し、裁判にかける決意だ。欠席裁判もあり、訴追も無期限。死刑だって可能だという。そんな振る舞いを、見つめる日本を含む周辺国、主要国の視線に、彼らは気付いているだろうか。

中国のいう「台湾独立への動き」は、中国自らの価値観の幅の狭さを裏返しているようにも思える。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう

この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。