「弱い立場に置かれた人」から学ぶ勇気…ドキュメンタリー制作の現場から
目次
NHKと民放のドキュメンタリー制作者が共同で本を執筆した。放送局の系列を越えての共著は珍しい。福岡市の西南学院大学で開かれた出版記念イベントで、ゲストに招かれたジャーナリスト・金平茂紀さんたちが語ったことを、執筆者の一人、RKB毎日放送の神戸金史解説委員がRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で報告した。
KBCラジオと相互出演
先週4月18日のこの番組ではKBC(九州朝日放送)の臼井賢一郎さんにスタジオに来ていただきました。共著で出した本「ドキュメンタリーの現在 九州で足もとを掘る」(石風社)について話したんですが、魅力的な人で楽しかったですね。翌19日は私がKBCラジオに出演したんですが「昨日はRKBのリスナーに、KBC臼井ファンがいっぱいできてしまいました」と言ったら、みんな爆笑していました。もう一人の本の著者、NHKの吉崎健ディレクターにもKBCに来ていただいて、3人で話をしました。
金平さんが挙げたキーワード「地域」「公共性」「作品性」
この週末には西南学院大学で出版記念のイベントを開催しました。4月22日は、3人が制作したドキュメンタリーをみんなで見るという会でした。
4月22日(土) 13時~18時 著者3人の番組上映会(一般公開)
『良心の実弾 医師・中村哲が遺したもの』(KBC臼井賢一郎)
『イントレランスの時代』(RKB神戸金史)
『花を奉る 石牟礼道子の世界』(NHK吉崎健)
翌23日は、TBSテレビ『報道特集』で長年キャスターを務めた金平茂紀さんに記念講演をしてもらいました。また、RKBの伝説的なドキュメンタリスト・木村栄文さんの作品『あいラブ優ちゃん』(1976年)を上映しました。栄文さんが、障害のあるわが子を撮ったドキュメンタリーです。最後に、金平さんと私たち3人でドキュメンタリーについてトークをするというイベントでした。
金平さんは講演で「ドキュメンタリーは、100あれば100通りあるんだ」と語り、3つのキーワードを挙げました。一つは「地域」。「全て、現場は地域にある。どこでも、目の前にある地域に着目して取り上げていくのがとても大事だ」と。
二つ目は「公共性」。ベースには報道という面があって、「みんなに知ってもらうことが必要なんだ」という公共性が非常に重要なのだと言っていました。最後に「作品論」。「いろいろな作り方があって『こんな作り方はどうだろう』とチャレンジすることが可能なのがドキュメンタリーなんだ」と話していて、みんな「なるほど」と思って聴いていました。
パーソナルは突き詰めるとパブリックに
金平さんは「栄文さんから非常に大きな影響を受けた」と言っていました。『あいラブ優ちゃん』は当時11歳の長女・優ちゃんと家族を、栄文さん自身が撮影した番組です。全く古びていません。優ちゃんは貴ノ花が大好き。九州場所で福岡に来た貴ノ花に会えたのですが、優ちゃんはすごく恥じらって、近寄りたいのに近寄れない。親の陰に隠れて、散々ためらった末に突然、あぐらをかいていた貴ノ花の膝の上にドンと座っちゃう。すごく愛らしいシーンがありました。
金平茂紀さん:それこそ何の打ち合わせもない。恥ずかしがって、なかなか近づこうとしない。人間が持っている美しさですね。ドキュメンタリーって、やっぱりすごく豊かな世界だなと感じました。こういう番組を公共財として、みんながなるべく見る機会がたくさんあった方がいい、と思いますけどね。一番公共的なテーマなんですよ。一つのファミリーのプライバシーみたいなものを全部開け放して作っているわけですが、そのことによって「公共とは何か」とすごく考えさせられる。パーソナルなストーリーは、突き詰めていくと公共につながる。僕の仕事の基盤にはパブリックがある。
僕らの目の前にはいろいろな公共性がいっぱいある、ということを金平さんは強調していました。
「弱い立場に置かれた人」だが、弱者ではなく「強い人」
KBC臼井さんは、福岡県警南警察署に覚醒剤所持事件で検挙された男性が、捜査に不正があると訴えたことについてのドキュメンタリーを作っています。1994年でしたが、違法に作成した供述調書で強制捜査の捜査令状を取得していたという疑惑が出てきました。それを徹底的に調べていくドキュメンタリーについて説明しました。
臼井さんは「とにかく、相手の目がすごい。早口でまくしたててしゃべるんだけど、その目を見ると、ものすごい力があって、その力に圧倒された。たったひとり、孤立無援の方と、警察という圧倒的な権力との間で、表現に取り組んでいった」という話をしました。
それからNHKの吉崎さん。目の前で起きたことをいち早くというよりは、ディレクターなので「このテーマ」と決めて、しっかり取り組んでいくという仕事をしてきました。特に水俣病の問題について、30年間取り組んできました。
吉崎さん:僕がずっと取材させてもらっている、胎児性の患者さん。お母さんが魚を食べて、生まれた時から水俣病を発症した方たちがいらっしゃるんですけど、この出会いが、こういう仕事を続けている原点になっていると思うんです。「弱者」という言葉もあるんですけど、全然弱い人じゃないんですよね。「弱い立場に置かれた人」なんですけど、僕は「強い人だな」と思っているんですよ。歩くことも話すこともできず、車椅子に乗ってずっと写真を撮っていた方が、写真展を開くまでを追いかけて、番組を作らしてもらったんです。途中から行政が写真展を開かせないようなことをやったりするんですけど、しゃべれないんだけどもう腹の底から「ウーッ」と大きな声を出して、「僕はやりたいんだ!」と訴えるわけです。自分も困難な状況があると思うんですけど、そういう時に「やっぱり頑張らなきゃ」と。僕は本当に学ばせてもらった。
「弱者ではなく、弱い立場に置かれた人で、むしろ強い人」とてもいい言葉です。さすが、長い取材を重ねてきている、と思いました。
世の中が一色に染まる時「私は染まりたくない」と思うこと
三者三様にいろいろ語ったんですが、やはり結局、少数派の方の小さい声をきちんと取り上げることがドキュメンタリーの大きな役割だと今回思いました。
金平さん:僕らが果たすべき役割とは何だろう? 世の中が一色に染まる時に、「私は染まりたくない」とつい思ってしまうんです。そういった人たちの声を拾い上げたい。少数者の声を取り上げていると、「なんだ、お前?」って言われるときもあるんだけど、そこが僕らの果たすべき役割なんじゃないか。
臼井さんも吉崎さんも私も「みんな一緒だな」と感じました。そして、「一色に染まりたくない」「忖度もしない」ことが、ドキュメンタリーでは本当に重要だと痛感したイベントでした。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』(2019年)やテレビ『イントレランスの時代』(2020年)を制作した。
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この記事を書いたひと
神戸金史
報道局解説委員長
1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。