西中洲に、土曜日の深夜から朝方にかけて営業する“間借り蕎麦屋”があったことをご存知でしょうか? 店の名は「松田謹製 夜鳴蕎麦」。味にうるさい料理人、バーテンダー、福岡の食通が夜な夜な集い賑わいをみせた店が、今年の10月10日、遂に間借りを卒業して正式開業しました。
場所は国体道路から1本入った春吉の路地裏、イル・レガーロ天神というアパートの一室です。「夜鳴蕎麦」という名前の通り、店が開店するのは21時。月曜から木曜は翌3時まで、金・土曜は翌5時まで営業しています。席に限りがあるため、インスタグラムのDMまたは電話で事前に予約して出かけてくださいね。暗証番号式のオートロックドアとなっており、予約時に教えてもらった番号を入力して店内に入ります。この隠れ家感、何ともドキドキしますね。
足を踏み入れると、アパートの一室とは思えない凛とした空間が広がっていました。笑顔で迎えてくれたのは、蝶ネクタイがよく似合う店主の松田善孝さん。松田さんは元々ガス会社で働くサラリーマンでしたが、蕎麦を打ち続けてもう20年以上になると言います。
「好きが講じて始めたものの、気づけば趣味の域を超えて会社員なのに年越し蕎麦の注文を受けるほどになっていました(笑)。間借りをさせてもらっていた西中洲の『焼鳥 輝久』には客として通っていて、時々自分の打った蕎麦を輝久の大将に差し入れていたんです。そこから『間借りで蕎麦を出してみない?』と声をかけてもらったことが始まりでした」と松田さん。
蕎麦だけを食べて帰ることもできますが、ここは大人が集う蕎麦呑み処。まずはお酒とアテを注文してじっくりお話を伺うことにしました。季節ごとに選ぶ日本酒とワイン(各1,200円~)は各4~6種類ほどが揃い、すべてワイングラスで提供。「そばがき」や「だし巻き」(各800円)などの蕎麦前、「穴子の一夜干し」(500円・写真)といった炙りもののアテもあり、ついつい杯が進んでしまいます。
お酒を飲みながら振り返ってみると、私が初めて松田さんの蕎麦を食べたのは、まさに間借り営業が始まった2020年の今頃でした。当時は「独立なんて考えられない!」と話していた松田さんでしたが、その後どんな心境の変化があったのでしょうか。気になり伺ってみると、こんな言葉が返ってきました。
「間借りをしていた時間帯と場所柄、お客さん全員が料理人、バーテンダー、ソムリエということも多かったんです。プロの方々に厳しい意見や調理法・食材に関するアドバイスまでいただけたことが、自分の糧になりました。間借り営業を始めてから石臼は2回変えましたし、醤油はミツル醤油醸造元の『生成り、』に変え、蕎麦つゆは『焼鳥 輝久』が昔出していた醤油ラーメンのかえしをベースに研究・改良。蕎麦打ち仲間や当時の職場の方々など、たくさんの人に支えられたおかげもあり、独立を決意することができました」。
さて、それでは自慢の蕎麦をいただきましょう。全国各地の農家から直接仕入れているのは、在来種を中心とした「むき実」と「玄蕎麦」(殻つきの蕎麦の実)の2種類。これを店内にある石臼で自家製粉し、「二八そば」と「富倉そば」に打ち分けています。
写真は、鳥取県産「出雲の舞」の玄蕎麦を挽いて打った「二八そば」の「もり」(1,200円)です。挽いた後ふるいにかけて蕎麦粉は完成しますが、一般的なふるいの目の粗さが40~60メッシュというのに対し、松田さんは24メッシュという粗めのものを使用しているそう。「穀物感を感じられる“噛む蕎麦”を作りたいんです」という松田さんの言葉に、「だからここの蕎麦は塩で食べても美味しいのか!」と合点がいきました。塩で食べると、より強く穀物の豊かな風味を楽しめるんです。
続いて、埼玉県三芳産「大地」のむき実を挽いて打った「富倉そば」の「かけ」(1,200円)をいただきました。「富倉そば」とは、長野県の富倉地方に伝わる伝統的な手打ち蕎麦のこと。「オヤマボクチ」(通称ヤマゴボウ)の葉の繊維をつなぎに使いながら蕎麦粉ほぼ十割で打つため、十割蕎麦のコシと二八蕎麦の繋がりやすさを併せ持っているのだとか。何と言ってもその香りが格別で、滑らかな舌触りや喉越しの良さも魅力です。
そしてもちろん、蕎麦つゆにもこだわりがキラリ。辛汁(つけ汁)には厚削りの本枯節や宗田節、甘汁(かけ汁)には厚削りの本枯節やサバ節、うるめ鰯など、出汁の素材も使い分けているそう。キリッと引き締まっていながらも、深く厚みのある旨味が広がります。
蕎麦メニューは「もり」と「かけ」を含めて7種類ほどを揃え、泡立てたメレンゲ状の全卵をかける冷たい蕎麦「磯雪」(1,500円)も名物の一つ。ふわふわのまろやかな卵が蕎麦に絡み、鼻に抜ける海苔の香りもたまりません。
ちなみに、もうすぐ北海道産の「ぼたんそば」の新そばも登場するそうですよ。“幻のそば”とも呼ばれる貴重な品種だそうで気になりますね。
最後にもう一つ、間借り営業の頃にはなかった「季節のアラカルト」にも注目です。何と独立開業するにあたり、強力助っ人として現れたのはかつて渡辺通の人気店「山バスク」でシェフを務めていた料理人の中村郁雄さん。料理内容は季節や食材によって様々ですが、この日は「出汁と豆乳とヤリイカのタルタル」(1,200円)をいただきました。クリーミーなソースとねっとりしたイカがよく合います。
「今後は、中村さんの得意なジビエを取り入れた蕎麦も出したい」と松田さん。「もう少し落ち着いたら、夜鳴蕎麦の定休日を間借りして料理を出したいですね」と中村さんもにっこり。年末には料理と蕎麦のコースも提供予定だそうですよ。まだまだ進化しそうな「夜鳴蕎麦」から目が離せません。
松田謹製 夜鳴蕎麦
福岡市中央区春吉3-13-31イル・レガーロ天神101号
070-8437-5879(要予約) ※営業前は電話またはInstagramのDM、営業中は電話にて問い合わせを
ジャンル:蕎麦
住所:福岡市中央区春吉3-13-31イル・レガーロ天神101号
電話番号:070-8437-5879 (要予約) ※営業前は電話またはInstagramのDM、営業中は電話にて問い合わせを
営業時間:21:00~OS翌2:00(金・土曜はOS翌4:00)※蕎麦が売り切れ次第閉店
定休日:日曜
席数:カウンター7席
メニュー:蕎麦味噌500円、そばがき800円、だし巻き800円、蕎麦「もり」「かけ」各1,200円、磯雪1,500円、鶏南蛮1,800円、季節のアラカルト1,000円~
URL:https://www.instagram.com/matsudakinsei_yonakisoba
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