「市場のまわりには美味い店がある」。仕事で日本全国、世界各国の街を歩いてきた中で、身を持って経験した真実の一つだ。根室の海鮮市場、東京の築地市場、沖縄の公設市場、あるいはバルセロナのメルカート、バンコクのマーケット等など。旅先で食べるものに困ったら、とりあえず市場を探して鼻を利かせながら付近をうろつけば美味いものにありつける確率は高く、しかも総じて安い。
我が故郷・北九州には旦過市場があり、そのまわりにはやはり美味い店が集まっている。その一軒が「板前焼とり 成海」だ。
この店を見つけたのは、まったくの偶然から。数年前仕事で旦過市場を訪ねた際、空き時間に市場のまわりをブラついると、目にとまったのが「板前焼とり」の看板だった。その組み合わせに興味を惹かれ、後日予約して訪れるとこれが大当たり。「市場のまわりに美味い店あり」という持論を、確たるものにしてくれた。
主人の緒方啓介さんは地元の焼鳥屋を皮切りに、和食やフレンチの店で10年以上腕を磨いたというハイブリッド料理人。和洋それぞれの経験を生かし、かねてより温めていた「魚料理+炭火焼鳥」をコンセプトにした店として2020年にオープンした。
当初はアラカルトでも注文できたが、現在は完全予約制の「おまかせコース」(11,000円)のみ。「一皿一皿になるべく手をかけたいので、単品の注文が入るとまわらなくなるんです」と理由を語る。旬魚を中心した前菜から鹿児島産シャポーン鶏、朝倉産古処鶏を使った炭火焼鳥、土鍋ご飯、甘味までのコースは15品ほどで、ゆっくり時間をかけながら味わうことができる。
今回訪れたのは、年の瀬も迫った頃。「お寒い中、ご来店ありがとうございます」という言葉とともに、まずは対馬沖で獲れたというタラの白子の茶わん蒸しが提供された。プリップリに身を太らせた白子はまさに旬真っ只中で、濃厚かつクリーミーな舌触り。鳥節から出汁をとった餡が張られているので蓋を取っても椀の中は熱々で、冷え切った身体を温めてくれる一品から始まる心づかいが嬉しい。
板前としての腕前を測るには、包丁の技術もさることながら、それにも増して重要なのが魚の目利きだ。その点でも緒方さんは信頼が置け、藍島の漁師から直接仕入れる地魚をはじめ、全国から選りすぐりの魚介を引いている。この日の造りは宗像沖のサワラを1週間以上寝かせて熟成をかけ、皮目をサッと炙ったもの。ねっとりとした食感に旨味が凝縮され、シャキッとした糸島野菜とのコントラストも素晴らしい。
前菜は魚介と野菜、鶏料理を織り交ぜながら5品ほどで、口直しに出てきたのが北海道から直送された箱ウニを使った海苔巻き。年明け早々、初競りで生ウニが史上最高値をつけたニュースが話題になったが、パリッと焼かれた海苔とイカスミ飯の上に乗せられたウニはこのボリューム感! 手渡しされたままパクリと頬張れば口中に磯の香りが広がり、これを口福と言わずして何と言おうか。
と、ここまで読んでお気づきの方もいるだろうが、前菜だけでこれだけ食材を奢った「おまかせコース」が税込み11,000円なのである。リーズナブルにもほどがあるというか、福岡なら1.5倍、東京ならまず2倍はするであろう料理が手軽に食べられるのが、北九州の魅力だ。
コースは前菜の後に鶏スープで腹を整え、炭火焼鳥のフェーズに入るのだが、残念ながら今回はここまで。焼鳥の記事は別の機会に譲るとして、スペシャリテの「半熟ウズラの玉子キャビアのせ」のみ紹介したい。ウズラの玉子に有機卵を使ったマヨネーズソース、フランス産キャビア(魚卵)の"トリプルたまご"の組み合わせは、さながらイノベーティブ・フレンチの一皿。何度も言うが、これが11,000円のコースで食べられるなら、今すぐ予約するしかないでしょう。
>>>後半の番外編はこちらから。(1月下旬公開予定)
この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう