20年以上たった今でも、忘れられない思い出がある。カンボジア・アンコールワットを訪れた時のことだ。遺跡の入り口付近で幼い子供が駆け寄ってきて、竹で作った素朴なおもちゃを見せながら必死に買ってくれとせがんだ。ひとつ1ドル。でんでん太鼓のようなつくりで、どう見てもすぐに壊れてしまいそうなシロモノだ。誰も買う様子はない。無視することもできた。しかし、きっと家計を助けるためにせっせと作っては観光客相手に売っているのだろうと思うと忍びなくなり、一つ買うことにした。
そして適当にバッグに引っ掛けて石造りの回廊を歩いていると、どこからともなく「ころ~ん、ころろ~ん」と、鈴を転がすような柔らかい音が聴こえてくる。不思議なことに、その音はずっと私についてくる。そう。実は、あのおもちゃが揺れるたびに鳴る音が石の回廊全体に反響し、なんとも言えない音を奏でていたのだ。
帰国後もこの音を聴きたくて大切に持ち帰り、自宅に着くなり振ってみたが「コツッ、コツッ」と不格好な音がするばかり。結局、あの時あの場所だったからこそ聴くことができた奇跡の音色だったのだ。悲しいかな、乾燥した機内で潤いを奪われた竹がよみがえることはなかったが、レリーフの天女たちからの贈り物のようなあの音色は、私の心の中で「永遠」となった。
12月16日(土)毎日新聞掲載
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