中国が進める、一帯一路構想を具現化した代表例に挙げられるのが、中国南部・雲南省とラオスの首都ビエンチャンの間に、2021年末に完成した中国ラオス鉄道だ。この鉄道が最近、「思いがけない難敵」に頭を悩ませているという。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が8月22日出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。
自然保護と開発をどう両立させるか
まず、中国とお隣のラオスを結ぶ国際鉄道について触れたい。その名も「中国-ラオス鉄道」という。総距離1035キロ(中国国内区間613キロ、ラオス国内区間422キロ)。中国南部・雲南省とお隣のラオスの首都ビエンチャンの間に、2021年末に完成した鉄道だ。
この中国-ラオス鉄道に関連し、最近、起きたある出来事が起きた。中国メディアの報道から――。
野生のアジアゾウの群れが突然、現れ、エサを探しながら、線路に近づいてきました。知らせを受けた鉄路を保全する監視センターは、すぐに、近くにいた作業員らに連絡。作業員の安全を確保する一方、ゾウの群れの動向に注意を払い、線路から遠ざける策を講じました。ゾウはお腹いっぱいになったのか、線路から離れ、森の奥深くにゆっくり去っていきました。
のどかな話、と言えば、のどかな話だ。場所は、中国最南端の雲南省のさらに南。観光地で有名なシーサンパンナ、それにプーアルという地域の間だ。プーアルという名前は、お茶のプーアル茶で聞いたことがあるだろう。おいしいお茶の産地として知られる。一帯は密林が広がり、野生のアジアゾウが生息する。
確かにのどかな話なのだが、別の見方をすれば、自然保護と開発をどう両立させるか、という問題だ。中国メディアの報道はこう続けた。
中国-ラオス鉄道の建設にあたり、中国の鉄道管理会社は、ゾウが線路に立ち入らないよう、線路沿いに防護柵を設置しました。また、ゾウが往来できるように特別な通路を線路の下に設けました。
ゾウが線路へ侵入しようとするのに備え、早期警報システムも開発しました。専用のアプリを使って、野生のゾウの活動に関する情報をリアルタイムで受信します。ゾウが線路に近づいたら、即座に対応できます。
中国ラオス鉄道では、開通当初から沿線に43キロメートルにわたって、ゾウが線路に立ち入らないよう線路沿いに防護柵を設置している。開通から2年半が過ぎ、最近の野生のゾウの動きから再検討して、さらに1キロ分の防護柵を増築したという。
さらにゾウ専用の通路も設置した。川のダムや堰で魚が遡上できるように、スロープ状の通路、魚道を造ることはあるが、鉄道の安全運行を確保し、同時に、ゾウを保護しようという策だろう。
「自然保護アピール」だけでない中国の思惑
アジアゾウは絶滅危惧種だ。野生のアジアゾウの生息頭数は世界で約5万頭いるが、象牙を取るための密猟、違法な森林伐採で生息地を追われている。
中国が自然保護に力を入れていることをアピールする目的もあるが、野生のゾウの保護とともに、鉄道の安全運行、さらにいうと、この中国ラオス鉄道が、どのように見られているかについて、神経を尖らせているような気がしてならない。
この鉄道は、ラオスにとっては初めての本格的な鉄道だ。そこを走る車両の製造も、ラオス国内の線路敷設も含め、すべて中国が請け負った。運行システム、安全システムも、ほとんどすべて中国で開発されたものだ。ラオスは中国国内鉄道網に組み込まれたと言っていいほどだ。
総工費約60億ドル(約9000億円)の7割を中国が負担、残りの3割をラオスが負担しているが、そのラオスの負担分の大半は中国からの融資によるものだ。ラオスは中国に対して、借金漬けになって「『債務のわな』に陥るのではないか」と指摘する声が、欧米にはある。
この鉄道は、中国が進める広域経済圏構想「一帯一路」にも関係している。ラオスの首都・ビエンチャンはさらに隣のタイとの国境付近に位置する。だから、ビエンチャンまで鉄道が通じれば、その先はタイの鉄道につながる。
雲南省を中心として、中国全国とラオス、タイ、ベトナム、ミャンマーなど12カ国を結ぶ物流ルートで活用されている。今年6月にはマレーシアの鉄道会社が初めて、タイ、ラオス、そして、この中国ラオス鉄道を経由して中国への貨物列車を運行した。
つまり中国にとって、中国-ラオス鉄道は東南アジアへの重要な物流ルートだ。南シナ海など海路を大回りせずに東南アジアへ陸路による大量輸送を行うことが可能となった。もし、有事となって海上が封鎖された場合、インド洋への出口となるこの鉄道が使える。安全保障上の意味合いもあるわけだ。
一方、海のない内陸国ラオスも、中国に、そしてこの鉄道に依存して経済発展を目指したいと考えている。8月15日には、中国とラオス両国の外務大臣が会談した。ラオスの外務大臣は会談で、中国との関係を「運命共同体」と表現したほどだ。その象徴が、この中国-ラオス鉄道だ。
絶対に起こしてはならないゾウとのトラブル
野生のアジアゾウが生息する密林を切り開いて建設し「一帯一路」構想をだれにもわかるカタチにした中国ラオス鉄道。その「一帯一路」構想に対し、警戒感を強める国々は少なくない。一方、ゾウはだれからも愛される動物だ。
だから、西側諸国から「開発を最優先して、絶滅危惧種のゾウの生態系を犠牲にしてまで、中国が周辺国への経済支配を進めている」――。そう非難されないように、保護も一生懸命やっているのだ。国営メディアを使って、しっかりアピールしないといけない。鳴り物入りで開業した中国-ラオス鉄道と、野生のゾウが関係するトラブルは、絶対に起こしてはいけないわけだ。
ただ、野生のゾウの活動は、当初の想定の範囲を超えているのかもしれない。記憶にあるだろうか。2021年、やはり中国の雲南省で、アジアゾウ15頭の群れが、500キロも移動してニュースになった。
森林を離れ、人が住む村にも入り、家の中に長い鼻を突っ込んだりしたりもした。食べ物が欲しかったのだろうか。「ゾウの大行進」の原因はわかっていないが、生息できる森林がだんだん狭くなっていることに対し、ゾウたちが抗議デモを行っているようにも思えた。
8月12日は「世界ゾウの日(World Elephant Day)」。世界が一緒になって、ゾウの保全を考えようという日だ。世界自然保護基金(WWF)によると、絶滅の危機にあるゾウに心を寄せる人たちが2012年に、この日を制定した。毎年、8月12日にはゾウに関連したイベントが世界各地で行われる。
中国は今後、どのように対策を練っていくのか。中国にとって、ゾウは「一帯一路」構想の「思いがけない難敵」になるのだろうか。
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この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。