酷暑をようやく乗り越えて、涼しい朝を迎える日も増え、「読書の秋」という感じになってきました。「さて、どんな本を読もうか」と選ぶ際に芥川賞など文学賞の受賞作を読んでみようという人は少なくないと思います。ところが、いまこのあたりに「異変」が起きています。10月3日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演した毎日新聞出版社長の山本修司さんがコメントしました。
「該当作なし」から生まれた「本屋大賞」
ことし7月16日、27年ぶりに芥川賞・直木賞で「該当作なし」となったことは記憶に新しいところです。書店からは、販売のチャンスがなくなったと悲鳴が上がりましたが、その衝撃の発表を受けて「賞がないなら勝手に作っちゃえ」という動きが出ました。「かってに芥川賞・直木賞」というものですが、私は少し驚くとともに、そこに「たくましさ」を感じました。
ただ、これに似た話は以前にもありました。例えば2002年の第128回直木賞。候補作は横山秀夫さんの『半落ち』、京極夏彦さんの『覘(のぞ)き小平次』、石田衣良さんの『骨音』、角田光代さんの『空中庭園』など、そうそうたる作家、作品が並び、文学ファンも書店も固唾をのんで見守りました。
それなのにまさかの「該当作なし」。それで不満を持った書店員たちが「作家や出版社の関係者を入れずに、自分たち店員が選考する賞をつくろう」ということで2004年に創設されたのが、今ではすっかりおなじみとなった「本屋大賞」です。芥川賞・直木賞に迫ろうかという存在感を持つこの賞は、「該当作なし」から生まれたのです。
名字だけで選ぶ「かってに」賞の登場
今回は、それに輪をかけて芥川・直木両方の賞が「該当作なし」となったため、その衝撃は一層大きかったのですが、そこで出てきたのが「かってに芥川賞・直木賞」です。今回は、東京都内の五つの書店と読書好きな人たちが協力して立ち上げたものですが、これが極めて単純な発想で、芥川という名字の人、直木という名字の人に選んでもらった作品を表彰しようというもの。
実名登録が原則のSNS、フェイスブックを使って、芥川さんと直木さんに片っ端から連絡を取って、芥川さん7人、直木さん1人が「かってに芥川賞」7冊、「かってに直木賞」2冊を選びました。「作家や出版社も書店員も絡まない、ただ名字が芥川、直木という人で選んでしまおう」というすごい発想で、本当の芥川賞では「新進作家による純文学の中・短編作品」、本当の直木賞は「新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本」という条件がありますが、「かってに」の方はこうした条件は全くなく、自由です。
私が都内の書店で見たのは「全国の芥川さん、直木さんにとっておきの1冊を選んでいただきました!」という掲示があって受賞した本が並び、その一冊、幻冬舎『童話物語』には「神奈川県在住 60代 楽器店経営者の芥川さんが選んだ かってに芥川賞」という帯が本に巻かれていました。全部の書店というわけではないのですが、少しずつ広がっています。
どうですか。賞がないのなら勝手に作ってしまえ! というのは。実は、「かってに」的なものはこれまでにもいろいろあり、書店員個人が勝手に選んでいる賞というのは結構あるのです。その先駆けは、東京の三省堂書店神保町本店などに勤務していた新井見枝香さんが作った「新井賞」。2014年にスタートし、これは芥川賞・直木賞と同じ日に発表して話題を呼びました。高知県にあるTSUTAYA中万々店の山中由貴さんが選ぶ「山中賞」という賞もあり、今年受賞したのは直木賞作家、東山彰良さんの『三毒狩り』でした。
候補作が売れる異変と出版界の取り組み
もう一つ指摘したい現象は、芥川賞・直木賞にノミネートされながら賞に選ばれなかった候補作が売れている、ということです。直木賞の候補作は6作あったのですが、うち新潮社の『乱歩と千畝』など5冊は売り上げが伸びて重版され、早川書房の本も重版までは至っていませんが、よく売れたといいます。芥川賞でも候補作4作のうち2作が重版されているのです。
もちろん、大きな賞の候補作ですからいずれも優れた作品であり、売れることに何の疑問もないのですが、通常であれば受賞作がすごく売れて、候補作はまあまあという感じだと思います。二つの賞で該当作なしとなったことが大きな関心を呼んだこともあるのでしょうが、書店も候補作の売り場を作るなどして頑張ったことは間違いありません。
さらに、新潮社が運営するサイト「ビッグバン」で直木賞候補作の全6作を試し読みできる企画をしたことも大きかったと思います。6作のうち新潮社の作品は2作ですので、ほかの出版社も協力して実現したということですから、大変画期的といえると思います。このように、読者、書店、出版社がそれぞれいろんな取り組みをしたからこそ、候補作が売れたのだと思います。
昨年、毎日新聞出版から出した『水車小屋のネネ』という本が本屋大賞の2位に入って販売部数は10万部を超えました。1位の『成瀬は天下を取りにいく』はもっともっと売れましたので、「やはり1位と2位は違うね」という話にはなったのですが、今回の動きをみれば、問題はそこだけではないということです。
伝統的な芥川賞などの賞は主に作家が選ぶ賞で、プロの目で見てその質などを見極めて出す賞といえると思います。書店員が絡む賞も、いってみればプロが選んだといえます。新聞の書評欄も参考になりますが、これもプロおすすめの本。
一方で「かってに芥川賞・直木賞」はちょっと趣が変わってきます。必ずしもプロではない読者の側から自分たちの本を選ぼうという、違うベクトルの動きはとても貴重なことだと思っています。
書店や図書館に行って、ちょっと気になった本を手に取ってみるというのも楽しいものですし、自分ならどんな本を評価していくかというアプローチも興味深いものです。文学賞の話から入りましたが、この読書の秋、いろんな情報に触れながら、お気に入りの1冊を探して、また薦めてみてはいかがでしょうか。
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この記事を書いたひと

山本修司
1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。






















