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最高裁国民審査を問う:形骸化を防ぎ「憲法の番人」を評価せよ

山本修司

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衆議院選挙は2月8日に投開票されます。これに合わせて最高裁判所裁判官の国民審査も実施されます。これは「憲法の番人」である最高裁の裁判官が、その職責にふさわしい人物かどうかを有権者が判断し、意思表示できる唯一の機会となります。ただ、衆院選に比べて関心度は低く、制度への理解不足や形骸化への批判も根強いのが実情です。そこで、2月6日放送のRKBラジオ『立川生志 金サイト』に出演したジャーナリストで毎日新聞出版社長の山本修司さんが、 裁判取材の経験をもとに国民審査に臨む意義を解説しました。

「判断材料不足」のなかで行われる今回の審査

最高裁は長官1人と裁判官14人の計15人で構成されます。裁判官、検察官、弁護士、行政官、学者から選出されるのが慣例で、就任後初めて行われる衆院選に合わせて審査が行われます。ただ、今回は前回選挙から1年3か月しか経過していないため、審査対象は就任から1年もたっていない2人にとどまります。関与した裁判例も少なく、有権者からは「判断材料が少なすぎる」という批判の声が上がっています。高市首相による解散・総選挙の影響が、ここにも影を落としているわけです。

最高裁は日本の三審制の最終審(終審)を担うだけでなく、法律や行政処分が憲法に違反していないかを審査する「違憲立法審査権」という強大な権限を持っています。国民生活に直結する最終判断を下す立場だからこそ、その適格性を国民が直接チェックするために設けられたのが国民審査という制度です。

実際の審査では、辞めさせたい裁判官の上の欄に「×」を書き、有効票の50%を超えると罷免されます。しかし、1949年の第1回からこれまで罷免された例は一度もありません。候補者が直接語りかける機会もなく、人柄や任命理由も不透明ななかで「何も書かなければ信任」とされる制度に対し、実効性を疑問視する声は絶えません。

「反対意見」や「補足意見」に宿る裁判官の個性

ただ、裁判官の考えを知る手がかりは存在します。15人の裁判官で構成する大法廷などでは多数決で判決が決まりますが、個々の裁判官は「反対意見」や、結論は同じでも理由を付け加える「補足意見」を述べることができます。これらを読み解くことで、各裁判官の哲学が見えてきます。

最近、九州で注目されている裁判に、法定速度が時速60キロのところ194キロで走行して衝突死亡事故を起こし、自動車運転処罰法違反(危険運転致死)に問われた事故当時19歳の被告の控訴審判決がありました。福岡高裁は1月22日、危険運転の成立を認めて懲役8年とした1審判決を「常軌を逸した運転だが、進行制御が困難な高速度とは認められない」という理由で破棄して、懲役4年6月を言い渡しました。

遺族が上告したので、今後、最高裁がどのような判断を示すかは、国民が裁判官を評価する大きな材料となるはずです。前回の国民審査では、「×」の割合が34年ぶりに10%を超えましたが、これは旧優生保護法の違憲判決など、国民の関心が高い判決が相次いだ時期と重なっていました。判断材料さえあれば、国民の関心は高まるのです。

日本の国民審査が目指すべき「情報発信」のあり方

アメリカの連邦最高裁裁判官は、大統領の指名後にテレビ中継される公聴会を経て、思想や政党色まで徹底的に論争されます。日本のように「中立」を重んじる文化とは異なりますが、司法と政治が近くなりすぎる懸念はあるものの、裁判官がどのような人物か広く知られるという点では一考の価値があります。

日本では現在、就任時の記者会見以外に裁判官が直接発信する機会は事実上ありません。しかし、昨年12月の衆院法務委員会でも指摘されたように、最高裁には適切な情報発信が求められています。

選挙での街頭演説や政見放送のように、裁判官もテレビなどを通じて直接声を届ける場を検討してもいいのではないでしょうか。国民審査を形骸化させず、民主主義のツールとして機能させるためには、制度の改善が不可欠です。あさっての投票では、衆院選の結果だけでなく、この「国民審査」という権利の行使についても、改めて考えてみていただきたいと思います。

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この記事を書いたひと

山本修司

1962年大分県別府市出身。86年に毎日新聞入社。東京本社社会部長・西部本社編集局長を経て、19年にはオリンピック・パラリンピック室長に就任。22年から西部本社代表、24年から毎日新聞出版・代表取締役社長。