力強いのに、決して出しゃばらず、豚骨出汁にそっと寄り添うような魚介出汁
無化調をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム。前回は福岡市の「つどい」を紹介した。
「ラーメン・カフェ・ダイニング 温(あたか)」の存在を知ったのは、2年ほど前だっただろうか。どなたかのブログ記事を見かけたのがきっかけだ。そのとき目に留まったのは、直方エリアでは珍しい、魚介系のラーメンを出していることだった。実際に食べてみると、その魚介由来のすっきりとした後味にすっかり惚れ込んだ。店主・杉本さんは、どのようにしてこの魚介ラーメンに行き着いたのだろうか。
「温」で忘れられないのが、初めて訪れた時の第一印象だ。窓の外には田畑の風景が広がり、「この先に本当にラーメン店があるのだろうか」と思いながら車を走らせた。そして、うっかり通り過ぎてしまった。というのも、そこがラーメン店だとは到底思えなかったからだ。
片側の屋根がせり上がった独創的な外観で、入り口側には窓が一切ない。外壁には焼杉が使われており、想像していた一般的なラーメン店の姿とはまるで違っていた。中に入ると、ドライフラワーが各所に飾られ、壁にはアート作品もディスプレイされている。
カフェ以外の店を形容する際、自分の原稿では避けている表現の一つ”まるでカフェのような”という言葉が思わず口をついてしまう、そんなモダンな店だった。
それでいて、提供されるラーメンは本格的な一杯。初めて「魚介とんこつ」を食べた時にもたらされた感動の記憶は、鮮烈にぼくの脳裏に焼きついている。
杉本さんは元々、生まれ故郷である飯塚の街で居酒屋を営んでいたという。
「学生の頃、寿司を出しつつ居酒屋のようにも利用できる和食店でアルバイトをしていたんです。その経験があって、今があるんですよ」と当時を振り返る。
根っからの食いしん坊だった彼は、幼少期から共働きの両親に代わり、自分で食べたい料理を作ることが習慣になっていた。
特にこれがしたいという具体的な夢はなかったが、大学卒業後もその和食店で働き続けた。着実にその腕には技術が備わっていく。魚をひと通り捌けるようになり、調理のノウハウも身についた。両親の後押しもあり、20代半ばで居酒屋を開業した。
「居酒屋だと、どうしても昼夜が逆転した生活になってしまいますからね。子供も小さかったですし、昼間に営業できる業態を模索した結果、行き着いたのがラーメンでした」
杉本さんは、転身の理由をこう続ける。
「"変なもの"を使いたくないという思いが強く、居酒屋の頃から原材料には人一倍、神経を使ってきました。素材の良さをまっすぐに表現したい。その軸がぶれない業態が良いと考えたんです。もう一つは、こだわりがある分、極力、料理を他人に任せたくないという思いもありました。居酒屋のようにメニューが多いと、どうしても人手が必要になりますからね。自分一人で完結する料理にしたかった。その二つを両立できるのがラーメンだったんです。もちろん、昔からラーメンを食べるためだけに久留米や博多へ車を走らせるほど好きだったので、迷いはありませんでした」
こうしてラーメン店へと舵を切った杉本さんは、店を飯塚から現在の直方へと移転させた。老若男女、さまざまなお客に気軽に立ち寄ってほしいという願いから、選んだのは街中ではなく、広々とした空間が確保できる郊外のロードサイドだ。
また、奥様がお菓子作りを続けてきたこともあり、現在は週末限定でカヌレなどが楽しめるカフェとしても営業している。ラーメンとカフェが同じ空間に共存しているため、冒頭で記した”まるでカフェのような”という表現は、実は正しい形容だったのだ。2016年に開業した「ラーメン・カフェ・ダイニング 温(あたか)」は、福岡でも極めて稀有なスタイルを確立することになる。
開業当初から看板商品に据えているのが「魚介とんこつ」のラーメンだ。まさに和食の世界で生きてきた杉本さんの、"和"の経験が活きた一杯である。オープン当初はこの一本に絞っていたが、現在は常連客からの要望を受け、とんこつ、まぜ麺、つけ麺とバリエーションも広がっている。これらのレギュラーに加え、不定期で限定ラーメンも提供中だ。
調理においては、一貫して無化調を貫く。
「居酒屋時代から全く使ってこなかったので、入れる理由がないんです。ラーメンを作るようになってからも変わらず、出汁(だし)をしっかり引いています。わざわざ添加物を使って味を付け足すのは、せっかく取った出汁を台無しにする行為のように思えて。今後も使うことはないですね」
そう語る杉本さんの晴れやかな表情は、自身の仕事に一点の曇りもないことを物語っていた。
看板メニューの「魚介とんこつ」は、開業当初から改良を重ね、現在の味に辿り着いた。その中で特に苦心したのが、出汁のバランスだという杉本さん。
「温」のスープは、豚骨由来の動物系と魚介系の出汁を別々に取り、調理の際に合わせる手法を採っている。
豚骨は頭骨、ゲンコツ、背骨など、複数の部位を組み合わせて煮込むことで、理想の風味を追求。一方で和出汁は、昆布や節類、煮干しなどを独自の比率で配合している。
「豚骨の臭みは抑えつつ、豊かな風味はしっかりと引き出す。そんなイメージで出汁を取っています。力強い豚骨出汁ではありますが、だからといって魚介側にも同じようなパンチを求めているわけではありません。魚介で無理にインパクトを出そうとすると、エグみや苦みまで出てしまい、全体のバランスが崩れてしまうんです」
力強いのに、決して出しゃばらず、豚骨出汁にそっと寄り添うような魚介出汁。杉本さんはその理想を追い求め、試行錯誤を繰り返してきた。それは気の遠くなるような作業にも思えるが、本人は「全然、大変じゃないですよ。普通でしょ」と、あっけらかんと笑う。
麺も自家製だ。「一人で完結する料理」という目標を掲げる杉本さんにとって、それは至極当然の選択だった。
「ラーメンはシンプルな料理ゆえに、誰かに任せてしまうと味が変わってしまうんです。やはり自分の味を大切にしたい。すべてを自らの手で作るからこそ、構成要素の一つひとつにある大切さや意味が、深く理解できると思っています」
一歩、また一歩と、着実に歩みを進めてきた杉本さん。飯塚から直方へと移転して、今年で10年の節目だ。インタビューを通じて、杉本さんの、その真摯な想いに触れた帰路、心はどこか温かかった。
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