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平安時代後期の石積みの遺構が国の史跡に 貿易拠点だった博多「港の護岸」

福岡市の小学校跡地で見つかった平安時代後期の石積みの「博多遺跡」が、国の史跡に指定されることになりました。

小学校の跡地で見つかった


RKB三浦良介記者
「遺跡は、冷泉小学校の校舎があった場所から運動場にかけて見つかりました。現在は保存のために埋め戻されています」

当時の「港の護岸」と考えられている

博多遺跡は、平安時代後期の11世紀後半から12世紀前半の石積みの遺構で、博多が貿易拠点として発展し始めたころの港の護岸と考えられています。

当時の輸出品だった硫黄も出土

市の発掘調査では、高さ約60センチに積み上げられた石積みの遺構が約70メートルにわたって見つかりました。また、同じ場所からは中国・宋の時代の陶磁器や日宋貿易の主要な輸出品だった硫黄も出土していて、アジアとの交易を示す重要な遺跡であると評価されました。

出土品
出土品

遺構は「博多の発展の原点」

福岡市埋蔵文化財課の菅波正人課長は、「博多の発展の原点にもなる遺構ですし、福岡の発展にもつながる遺構ですので、これが国史跡に指定されることになったのは非常に喜ばしいことと思っています」と話しています。

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