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”上野万太郎の「この人がいるからここに行く」”脱サラしてサンドイッチ屋の移動販売を始めた子供4人のパパ

福岡では珍しい移動販売のサンドイッチ専門店「名もなきサンドイッチ屋」

「名もなきサンドイッチ屋」の店主、鐘ヶ江昂(たかし)さんと初めて会ったのは3年前くらい。彼が知り合いのカフェ「FAKE IT COFFEE」の軒先で自家製サンドイッチの販売をしていた時だった。その時にカフェの大瀬良店主から「この人、30歳で脱サラしてサンドイッチの移動販売を始めたんですよ。子ども4人もおるのに!!面白いでしょ!?」と紹介された。
「え~~何それ?面白すぎる!!大丈夫なん??」それが僕の最初の感想だった。

それから3年間、いろんな店やイベントに出店する彼をずっと追いかけてきた。その彼が今年の3月に南区大楠に新しい工房を作ったということで、それを機会に「muto」で取材させてもらうことにした。

名もなきサンドイッチ屋

サンドイッチ屋を始める前の話

鐘ヶ江さんは転勤族だった父親のもと徳島県で誕生。その後も父親の転勤により大阪などを経て10歳の時に福岡市へ来たそうだ。ご両親とも福岡県出身なので地元に戻ってきたことになる。
高校卒業後、福岡市内のジェラート専門店で勤務。3年間マネージメントや店舗立ち上げを担当した。仕事自体は楽しかったが「もっとお金を稼ぎたい」という気持ちもあり転職を検討。「営業職で成績を上げればきっと稼げるようになる」と思い、飲食業向けの飛び込み営業の会社へ転職した。
しかし、頑張り過ぎたのか、仕事のストレスで心が病んでしまったという。診断はパニック障害。まさか自分がストレスで病気になるなんて本人が一番びっくりしたそうだ。

それでも当時子どもが2人いた鐘ヶ江さんは「何としてでも家族を食べさせて行かないかん。何か仕事をしないと!!」と、元々好きだったインテリアや家具の小売会社に就職した。パニック障害ということで、広い空間の中でゆっくり接客できる大きな家具店はストレス軽減には良かったらしい。仕事は順調で2年目に熊本にある店舗に単身赴任。熊本でも大変有意義な仕事が出来たそうだ。しかし福岡に残してきた家族のこともあり退職して福岡へ帰ることを決意。

サンドイッチ屋を始めることになった話

福岡に帰った鐘ヶ江さんは、友達に誘われて軽運送業の個人事業主として独立することになった。さらに週一回は天神の喫茶店でアルバイトをして週7日がむしゃらに働いた。

2020年春、COVID-19の影響を受け、運送業の仕事が激減した。それを機に働き過ぎたことも反省し、家族との時間を大切にできるような仕事をしたいと思うようになった。夫婦でカフェ経営などできないかとも検討。その中でサンドイッチ屋なら出来るかも!!と思い立ったそうだ。しかし店舗を構えるような資金もない。それなら間借り販売の営業だったら!!と決意したらしい。
実は、鐘ヶ江さんが軽運送業の途中で通りかかる場所に赤い自転車に乗ってドリップ珈琲の移動販売をしている人に出会っていた。その人が実店舗の喫茶店を開業するということで、その赤い自転車を譲ってくれたそうだ。
鐘ヶ江さんが移動販売のサンドイッチ屋を想像していた時に、赤い自転車の後ろにサンドイッチを積んで福岡市内を走り回っている自分の姿がすんなりと浮かんできたと言う。

話の展開の早さと、経験のない世界へ飛び込むことに奥さんは呆れていたそうだが、とにかく、「パパ、頑張って!!」という気持ちでいっぱいだったことだろう。

名もなきサンドイッチ屋 写真:糸永愛子

鐘ヶ江さんは運送業を続けながら半年間サンドイッチの試作を続けた。奥さんの知恵も借りながら二人で作り続けた。Instagramでアカウントを作って、試作の段階から情報をアップしていた。当然ながら開業前だったのでまだ店名はない。Instagramアカウント名は「名もなきサンドイッチ」としていた。

2020年12月5日、店舗を持たないサンドイッチの移動販売専門店は開業した。店名は「名もなきサンドイッチ」に店として「屋」を加えて、そのまま「名もなきサンドイッチ屋」とした。

間借り工房からのスタートしたものの工房を転々

移動販売と言っても、焼き芋の移動販売のようないわゆる“流し”ではなく、知り合いの店の一部を借りて販売するという軒先販売を想定して事業計画をした。サンドイッチを製造する場所は保健所の許可のあるキッチンを使用する必要がある。最初は住吉にあるシェアキッチンを借りて製造とその場での販売をしてみた。週2~3回の営業活動をしたが、そこは無名のサンドイッチ屋である。そんなに急にお客さんが来るわけはない。場所代もかかるのでなかなか採算に合うような営業は出来なかったそうだ。

その後は、以前週一回アルバイトをしていた天神の喫茶店店主の協力を得てキッチンを間借りした。しばらくはそこで製造させてもらい、その後、中央区大宮「Cafe bar 375」店主のミナコさんの協力を得た。ミナコさんにはキッチンとしての利用だけでなく店頭販売もさせてもらった。さらに中央区鳥飼でも間借りキッチンをしたが、間借りならではのトラブルもあり、安定して製造に専念できることがなかった。そんな中で悪戦苦闘しながらの製造と販売の作業は日々続くのである。

カフェなどの軒先やイベントなどでのサンドイッチ販売

赤い自転車の後ろの荷台に保温ケースをのせて知り合いの店などを訪問し軒先で販売させてもらう日々は続いた。販売先は「FAKE IT COFFEE」、「café&bar 375」、「キッチンサカトキ」、「pecori」、「珈琲と麦酒」、「珈琲小林」、「habibi」など、カフェの方々のネットワークの応援もありどんどんと増えていった。イベントに呼ばれて出店することも多くなった。

名もなきサンドイッチ屋 美野島商店街「ミノシマルシェ」

それに伴い徐々に販売数も増えていった。販売箇所はほぼ毎日変わっていくのだがInstagramで発信しながらの移動販売は話題を呼ぶようになった。開業して1年経った頃には1日数十個のサンドイッチは早ければ1時間以内に完売するようになっていた。

サンドイッチは数十種類のレシピがあり、その日その日でだいたい6~7種類を用意している。しかしもっと1日での製造量を増やしてもっと売らなければ、家族を養ってはいけない。なんとか自分専用のキッチンを構えなければいけない。その思いはどんどん強くなっていったという。

名もなきサンドイッチ屋

福岡市南区大楠での工房開設

間借りキッチンを移転する度に製造能力は増えていき1日100個は製造可能になっていった。それでもいろんな事情により安定して作業ができないことが続いていたので、自社キッチンをずっと探していた。そんな状況の中で今年になってやっと新しいキッチンを見つけた。南区大楠にある古いアパートをリノベーションして賃貸やレンタルしている物件「カシマス」だ。タイミングよく1階の部屋を契約することが出来た。

「とりあえずここで製造と販売が出来るようになりました。4月からはスタッフを雇って製造も移動販売やイベント販売も、同時並行で販売できますからね。ここで1日の製造が200~300個できるようになりますのでそれに合わせて営業もして販売数も増やしていかなきゃいけません」と鐘ヶ江さんの気合は十分だ。

名もなきサンドイッチ屋

鐘ヶ江さんの1日

現在の鐘ヶ江さんの1日の仕事のタイムスケジュールを聞いてみた。朝4時~7時は工房で仕込み。その後一旦自宅に帰って朝の家事手伝いと子供たちの送り出し。子どもたちが幼稚園や小学校に行っている時間に仕事して、夕方に子供の迎えや家事を手伝って、夜にはまた工房で仕込作業をしていることのこと。いや~、まだ若いから出来るけど、びっくりな頑張り屋さんだ。

サンドイッチ作りのこだわり

名もなきサンドイッチ屋

彼が作る人気のサンドイッチのこだわりを聞いてみた。

1つ目は、食パンへのこだわり。「開業する前に試作しながら、夫婦で福岡市内のパン屋さんの食パンをいろいろ食べて廻ったんです。その中で、生(ナマ)でも美味しいし焼いても美味しいと思ったのが早良区高取の『紺青』というパン屋さんでした。それ以来ずっと『紺青』さんの食パンを使っています」とのこと。

2つ目は、具に使う果物へのこだわりだという。「福津市のくわの農園さんの苺や、うきは市で農業を営む同級生が作るぶどう、柿、シャインマスカット。さらに紹介で他の農家さんの桃、リンゴ、梨などを使っています。糸島の農家さんのサツマイモも仕入れています。もちろん八百屋で仕入れる物もありますが、旬のものはほとんど契約農家さんの食材を使っています。今後は玉子にもこだわりたいと思っています」という。

名もなきサンドイッチ屋

3つ目は、生クリームへのこだわりだ。「自分が乳製品が苦手なのでフルーツサンドは生クリームの量を少な目で具を多めにしているんですよ。生クリームは動物性のものに植物性のものをブレンドして、あっさり食べやすくしています」という。全体的に言えることは、自分の子供が毎日食べても安心なサンドイッチという気持ちを込めて作っているということだ。

人気メニュー3選

人気メニューはたくさんあるが、安定して常連さんに人気があるのは、鯖サンドと出汁巻きサンドと柚子胡椒チキンアボカドサンドの3つらしい。

「鯖サンドは自分で1本1本骨取りをして手間かけていますし、その分、美味しい鯖を味わえるサンドイッチになっていると思います」。

名もなきサンドイッチ屋 鯖サンド

「出汁巻きサンドは、1個当たり玉子2個を使ってフワフワな食感がパンと合う仕上がりになっています」。

名もなきサンドイッチ屋 出汁巻きサンド

「柚子胡椒チキンアボカドサンドは、鶏ハムに柚子胡椒、塩昆布、レタス、アボカドがたっぷりでマヨネーズ味で美味しくまとまっています」。

名もなきサンドイッチ屋 柚子胡椒チキンアボカドサンド

これに限らず季節のフルーツを使ったものや、新しいメニューもどんどん開発中であり、買いに行くたびに今日はどれにしようかなと楽しめるバラエティのあるサンドイッチがいつもたくさん並んでいるのだ。

お世話になった人たち

いままでを振り返って、たくさんの人にお世話になったという鐘ヶ江さん。特に大変感謝している人が3人いるという。まずは、赤い自転車を譲ってくれた人。「平尾にある『スプートニック』という自転車屋さんの前で知り合ったコーヒーの移動販売の秋利さん。僕がその後、天神の喫茶店でアルバイトさせてもらったり、キッチンを間借りさせてもらった人です。秋利さんがあの時に赤い自転車を譲ってくれていなかったら、いまこの仕事をしているかどうか分かりませんよね」

さらに「軒先販売をさせてくれた『FAKE IT COFFEE』の大瀬良さん。あそこをきっかけに紹介がつながって、カフェ業界の人たちに軒先販売をさせてもらえるようになりました」

「そして、なんと言っても『café&bar 375』のミナコさんですね。キッチンの件で大変苦労していた時に『営業していない時間帯なら好きに使っていいよ』ということで工房として使用させていただきました。あれがあったからこそ現在までこの仕事を継続できたと本当に感謝しています」とのこと。

名もなきサンドイッチ屋

将来について

今後はどんな感じの事業計画を考えていますかと聞いてみた。

「仕事の目標としては、もっともっと認知度をアップさせる、スタッフを増員して製造能力と販売力をアップさせる、卸売りに向けて営業活動をしていく、県外などの遠方でのイベント出店なども企画していく、そしてとりあえず工房での販売は現在週一回ですがそれを増やしていきたいです」とのこと。どれも具体的で分かりやすい。

「プライベートでは、子どもが小学6年生を筆頭に4人いるんですよ。今のうちに遊んであげたいのですが、日曜日はなかなか休めなくて、逆に移動販売に子供を連れていったりしています。せめて月に一回くらいは日曜日に休んで家族サービスしたいと思います」

「まだまだ全然成功してはないですよ」という鐘ヶ江さんだが、最初に「FAKE IT COFFEE」で会った時に僕が「え~~何それ?面白すぎる!!大丈夫なん??」と感じた時からすると、順調にサンドイッチの移動販売という珍しかったスタイルを福岡市内で定着させてきているのは間違いない。

人生なんで何がきっかけでどうなるか分からないものだが、鐘ヶ江さんの場合、秋利さんが赤い自転車を譲ってくれてなかったら、「FAKE IT COFFEE」の大瀬良さんがいろんな人を紹介してくれてなかったら、「café&bar 375」のミナコさんが工房を貸してくれてなかったら、今頃どんな仕事をしていたんだろう。そう思うと他人ながらゾッとする。人はみんなちょっとしたタイミングやいろんな人に会ったことで人生が変わっていくんだと改めて考えさせられる。

「だからこそ、人やモノとの出会いや縁を大切にしてこれからも丁寧に生きていきたいと思います。出会った人たちへの恩返しのためにも美味しいサンドイッチをたくさん作ってたくさんの人に食べてもらえるように頑張りたいです。もちろん、家族のためにも!!」と鐘ヶ江さん。まさにそうだと思う。

ちなみにあの自転車は、現在は鐘ヶ江さんの手元には無いらしい。なんでも珈琲のキッチンカーをされている方が乗られているとのこと。あの運命を変えた縁起の良い赤い自転車、その先の人もきっと人生の転機に運命のペダルを漕いでいるのかもしれない、なんて想像するとさらに人やモノとの出会いがとても大事に思えてくる。そしてその運命をつかめるかどうか、それは自分自身が日頃から向上心・好奇心をいかに持って生きているかによるのではないだろうか。
鐘ヶ江さん、これからも頑張ってください。

名もなきサンドイッチ屋

INFORMATION

店名: 名もなきサンドイッチ屋
住所: 福岡市南区大楠3-17-10-106
時間: 11:00~15:00
営業日: 移動販売中心に週4日前後(工房営業は週1回程度)
電話: 070-5363-2166
駐車場: なし
メニュー: 鯖サンド580円、出汁巻きサンド520円、柚子胡椒チキンアボカドサンド560円
URL: https://www.instagram.com/namonaki.sand/

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この記事を書いたひと

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