PageTopButton

「被差別部落の地名公開」許しがたい差別行為の実行者から直接攻撃

全国の被差別部落の地名を本やインターネットに載せた出版社に対し、部落解放同盟などが公開の差し止めなどを求めた裁判で、東京高裁は6月28日、一審よりも差し止めの範囲を拡げ、賠償金額も増やす判決を言い渡した。その前日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、この裁判についてコメントしていたRKB報道局の神戸金史解説委員が、過去に出版社側の人物から自身が攻撃された体験について、改めて報告する。
 

(RKB報道局・神戸金史解説委員)
 

本当に怒りがたぎると、顔は火照るのに、首筋は冷たく冷え切るのか――。私がこんな感覚を味わったのは、考えられないほどひどい差別行為を公然とする人々に、直接攻撃された時でした。(RKB毎日放送報道局解説委員・神戸金史)

判決前日にラジオで「被告からの個人攻撃」報告

全国の被差別部落の地名を本やインターネットに載せた出版社に対し、部落解放同盟などが公開の差し止めなどを求めた裁判。東京高裁は6月28日、一審よりも差し止めの範囲を拡げ、賠償金額も増やす判決を言い渡しました。判決は「人間としての尊厳を否定するものに等しく、許容することができない」と厳しく批判しました。

判決前日の神戸解説委員のコメント

私は高裁判決の前日(6月27日)、コメンテーターを務めているRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、「明日の判決に注目してほしい」と話しました。そして、思い出したくない忌まわしい経験を、リスナーにお話ししました。この裁判の被告から、私自身が攻撃されたことがあるのです。個人のフェイスブックに、誰にも見える形で被差別部落のリストを投稿される、という信じがたい体験でした。

信じられなかったネット時代の差別の現実

きっかけは2017年9月、この記事を読んだことでした。

「インターネットと部落差別の現実――ネット上に晒される部落(出身者)」

川口泰司・山口県人権啓発センター事務局長

ネット上に同和地区の所在地情報を意図的に掲載し、拡散し続けてきた中心人物が鳥取ループ・示現舎のMです。「鳥取ループ」とはブログ名(管理人・M)であり、「示現舎」とはMが共同代表をつとめる出版社(社員2名)です。

鳥取ループ(代表・M)は10年くらい前から、「同和問題のタブーをおちょくる」として、行政に対して同和地区の所在地情報を開示請求し、得たい情報が非開示となると裁判を起こし、同時にネットで公開を繰り返してきた確信犯です。

示現舎は「部落探訪」として、全国の部落を回り、住宅や個人宅の表札・車のナンバー、商店、墓碑などを写真や動画で撮影し、住所とともにネット公開し続けています。また、YouTubeに子どもたちや青年の顔が映っている動画投稿を二次利用して掲載し、地元の保護者や関係者が削除要請をしても拒否し、ネット上で公開し続けています。

これまで結婚差別や就職差別で多くの命と人生が奪われてきました。その中で、行政や学校をはじめ、企業や宗教者、あらゆる団体や多くの人たちの取り組みにより、身元調査や「部落地名総鑑」の規制を勝ち取ってきました。これらをネット社会の便利な機能を悪用し、鳥取ループは、一瞬で破壊してしまいました。

(「SYNODOS 専門家の見解が読める教養ポータル」、2017年9月11日掲載)

私は当時、RKB毎日放送(本社・福岡市)の東京報道部長でした。単身赴任中の部屋で川口さんの投稿を読み、驚愕しました。私が生まれた地域に同和地区はありませんでしたが、中学時代には同和教育指定校として、『橋のない川』(住井すゑ著)などの教材で学んでいたからです。

現在、全国5300カ所の同和地区の所在地(地域名、住所、戸数、人口、職業等)がネット上に公開されています。Googleマップを悪用し、全国の同和地区がマッピングされ、地図まで作成されています。

さらに、市町村別の部落出身者の人名リスト(「同和地区と関連する人名一覧」等)も作成され、1万人以上の部落出身者がネット上で晒されています。

部落解放運動の団体役員などの個人情報(住所・氏名・電話番号等)も1000人以上(2017年1月末現在)、が本人同意なくリスト化され、ネット上に次々と晒され続けています。

ある県では、部落出身者800人以上の住所・氏名・年齢・生年月日等の個人情報がネット公開され、Googleマップに自宅がマッピングされて、ネット上に晒されていました。

(「SYNODOS 専門家の見解が読める教養ポータル」、2017年9月11日掲載)

私は膝ががくがくする感覚に襲われました。心からの怒りを込めて川口さんの記事をフェイスブックでシェアしました。
 

久しぶりに、血が沸騰しそうなほど、怒りを覚えた。涙が出そうだ。

長年の努力を「一瞬にして破壊した」この人々。日本に暮らす者として、許しがたい。

心の底からの怒りをもって、弾劾する。「お前らは、最低だ」叫びたいほど口惜しい。

ほんのわずかの愚か者の行為が拡散してしまう、このネット社会の恐ろしさに、いたたまれない。

(2017年9月12日01:27)

フェイスブック上の友人たちも、私がシェアした川口さんの文章を読んで驚き、怒り、彼らを非難するコメントが多く寄せられました。

「未だにこんな差別の現状があるとは…。心の底から軽蔑します」

「これ、法務省が救済しないといけない人権侵害ではないでしょうか?」

差別者Mからの接触

被差別部落のリストを公開した「出版社」は、川口さんの記事の拡散状況をチェックしていたようです。私がシェアしたことに気づいた彼らは、まずメッセージで私に接触してきました。
 

2017年9月12日 10:40

・こんにちは。はじめまして、示現舎の●●と申します。弊社の活動にご関心があるということですね。ぜひ伺いたいと思います。090-●●●●-●●●● こちらは私の携帯です。ご一報頂いたらこちらからご連絡を差し上げます。ご負担はおかけしません。

・ウォールでの記述やコメントは記事で引用させて頂くこともありますので、こちらもご承知ください

・このメッセージも電話番号も公開して頂いても構いませんので

公開してかまわない、と相手は言っていますが、差別意識に満ちた人間の宣伝をしても仕方ありませんので、ここでは黒塗りにします。

メッセージは丁寧な言葉遣いですが、「ウォールでの記述やコメントは記事で引用させて頂くこともあります」という勝手な宣告は、脅迫めいているようにも感じました。気持ちの悪さ、薄気味悪さを感じ、返事することもなく数時間放置していました。すると、投稿のコメント欄に書き込みが始まったのです。

「部落地名総鑑」とは

投稿へのコメントは、誰でも見ることができます。示現舎の2人とも実名で、イニシャルは同じM。ここでは、最初にメッセージを送ってきた方を「M1号」、もう一人を「M2号」とします。
 

M2号:800人位の解放同盟員名簿を流出させたのは、部落解放同盟●●県連合会なのですが...何も責任取ってないですよね。(22:04)

神戸の知人:だから何?

M2号:それが「だから何?」で済むんだから、部落地名総鑑も「だから何?」で済ませたらよいではないですか。

「部落地名総鑑」という本の題名が出てきました。川口泰司さんの投稿から、説明を引きます。

「部落地名総鑑」とは、全国の被差別部落の一覧リストで部落の地名や所在地、職業や苗字等が記載れていた差別図書です。

1975年に発覚し、現在までに10種類が確認されています。当時、企業や興信所などが、部落出身者に対する就職差別や結婚差別の身元調査に利用していました。

大手企業や個人を含め数百社が購入しており、現在までに法務省が差別図書として663冊を回収してきました。

この「部落地名総鑑」の原点となった本が、『全国部落調査』といわれています。1936年に政府の外郭団体が全国の部落の実態調査を実施した報告書です。戦後になり、この本が悪用され「部落地名総鑑」が作成・販売されていました。

(「SYNODOS 専門家の見解が読める教養ポータル」、2017年9月11日掲載)

上場企業の人事採用部門でも「部落地名総鑑」を利用していたことが1975年に発覚し、大きな社会問題となったのです。こうした行為は厳しく断罪されました。今の時代にこのような「就職差別」をしたら、その企業は社会的に耐えきれないと思います。

コメント欄を差別者が荒らし出す

Mたちのコメント投稿に話を戻します。
 

M1号:示現舎の●●と申します。この件について神戸さんにメッセージで質問をお送りさせて頂きましたが、こちらにも書き込ませて頂きます。この名簿というのは●●(注:M2号)の言う通り、●●県の解放同盟が内部のトラブルで流出したものです。そうしたことを皆さんはどうお考えでしょうか。ちなみにこの一件は記事にもしますし、裁判資料としても提出する意向です。(22:06)

M1号もM2号も、書く文章が独りよがりなので、意味の分からないところがあります。部落解放同盟のある県連が名簿を誤って流出させた、ということがあったのかも私は知りませんが、当事者による名簿の流出がある以上、「自分たちが被差別部落のリストを公開して何が悪いのか」と正当化したいのかもしれません。もちろん、たとえ流出があったとしても、Mの行為は認められるものではありません。「ちなみにこの一件は記事にもしますし、裁判資料としても提出する意向です」というコメントは、やはり脅迫めいています。

「とりあえずこの件は記事にさせて頂きます」

次に、M1号はコメント欄に写真を連投し始めました。それは、Mたちの行為に怒った多くの友人が寄せてきたコメント欄のスクリーンショットでした。どんな人がどんなコメントを書いているのか、を私たちは記録した、という宣言であり、いわゆる「さらし」行為です。私の友人がコメントを投稿する動きは、一瞬止まったように感じました。巻き込まれることにちゅうちょするのは当然です。
 

「みなさん。この事件の当事者、●●という男が絡んできています。ご迷惑をかけてすみません。本当に恥ずかしくなります」(22:53)

私が自分でコメントを書き込むと、即座にこう書いてきました。

M1号:恥ずかしいという前に質問に答えてほしいですが(22:53)

そして、私個人宛てのメッセンジャーに「ずるいね」「明日会社の方に質問をさせて頂きます」(22:54)と送りつけてきた後、コメント欄にはこう投稿しました。

M1号:なぜメッセンジャーの方にご回答を頂けないのでしょうか(22:55)

M1号:とりあえずこの件は記事にさせて頂きます(22:55)

被差別部落リストを私のコメント欄で公開

そして、Mたちは許しがたい行為を始めました。まずM2号が、古い大阪の地図を投稿してきました。M2号は「これが大阪市同和事業促進協議会が出版した大阪市の部落地名総鑑です。ぜひ見てくださいませ」とコメントしています。十数か所の被差別部落が、地図上に明示されていました。
 

続いてMたちは、ある県の被差別部落の一覧表を、私のフェイスブック投稿のコメント欄で公開したのです。接写された写真ファイルには、部落ごとの戸数も細かく掲載されていました。
 

M2号:部落解放同盟●●県連合会が出版した部落地名総鑑です。

M1号:ところで●●県連の名簿流出事件につきましては、私が、産経新聞の「正論」とい雑誌でレポートしています。今、手元にないので後日、ここに貼り付けてご一読ください。そして解放同盟員の名簿が流出したのに、なぜ対応をしなかったのか皆さん、ぜひ同県連に抗議をお願いします

M2号:部落地名総鑑、全国部落調査、部落探訪で検索しましょう

「部落地名総鑑」が、私のフェイスブックで見られる状態になっている――。あまりに急激に怒りが湧くと、体は熱くなるのではなく、冷たくなるものなのでしょうか。明らかに私の血圧は急上昇していて顔が火照っているのに、後頭部から首筋にかけては冷気が当たったかのようにゾクリとして、それはしばらくの間止まらなかったのです。この時の感覚を、私は今でも覚えています。

攻撃されたのは私だけではないはず

これが、あの悪名高い「部落地名総鑑」なのかどうか、私にはわかりません(そもそも、見たことがない)。とにかく、これを見られないようにしなければ。私はいったん、川口さんの記事をシェアした投稿を「非公開」に変更し、彼らが投稿したコメントをスクリーンショットに撮って保存しました。そして、二人が私のフェイスブックに二度と投稿できないようブロックした上で、公開に戻しました。フェイスブックの友人たちから、たくさんの怒りのコメントが寄せられてきました。

・未だにこんな差別の現状があるとは…。心の底から軽蔑します。

・久しぶりのコメントをさせて頂きます。悲しいですね。他人を卑下しなければ自分を出せないなんて。同じ人間上も下も無いと思うのですが…

・同和問題が未だにこんな形で、個人情報まで流出させる権利は何人足りとも許せません!

私はMたちの行為をフェイスブック社(現・メタ)に通報し、一刻も早く対処するよう求めました。

川口さんが意を決して書いたネット記事に心を大きく揺さぶられたのは、私だけではないでしょう。私のように川口さんに共感した人間を、Mたちは検索して見つけ出していたのだと思われます。

「相手と自分の間に“線”を引く」

Mたちによるこの非道な行動は、2017年9月12日のことです。私は東京に単身赴任中で、当時ちょうど「やまゆり園事件」を取材してラジオドキュメンタリーを制作しようと動き始めたばかりの時でした。

2016年7月に神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた、障害者殺傷事件は、障害者を息子に持つ私にとって、大きな衝撃でした。重度の障害者は「生きている価値がない」と、やまゆり園の元職員・植松聖死刑囚(事件当時26歳)は供述しました。

私はただ事件を追うだけではなく、今の日本社会を俯瞰的に見てみたいと思っていました。自分と相手の間に「一線」を引き、線の向こう側の人々の尊厳を認めない。そんな言動が社会に広がっていると感じていたからです。やまゆり園事件の植松聖死刑囚、ヘイトスピーチを繰り広げる自称愛国者、性的マイノリティに対する自民党・杉田水脈議員の一連の言動などです。これら「一線を引く」言動に、私は共通する「不寛容」があるように感じていました。

そして、Mたちの一連の差別行為も、同じ水脈に連なっているように思えてなりませんでした。

番組には盛り込めなかった

このラジオドキュメンタリーの中で、Mの非道を取り上げるべきか。部落解放同盟の中央本部を訪ね、お話をおうかがいしました。全国水平社が誕生して100年近くが経とうとしているのに、ネット社会の進展により以前には考えられなかった深刻な状況が起きていることに、解放同盟の人たちも動揺を隠せない状態でした。

解放同盟がMたちに対して出版やネット公開の差し止めを求める裁判を起こしている、と説明を受けました。Mたちの行動による影響はあまりに大きく、1時間番組のひとつのエピソードとしてわずか数分で扱うことは無理だ、と私は思いました。

私はこのあと、TBSラジオの鳥山穣プロデューサーとともに、植松聖死刑囚と面会して、『SCRATCH 線を引く人たち』(2017年12月放送)を共同制作しました(「SCRATCH」とは、「地面にガリガリと線を引く」という意味があります)。

私は植松聖死刑囚とその後も面会を重ね、2作目の共同制作ラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』(2019年、放送文化基金賞最優秀賞)と、テレビドキュメンタリー『イントレランスの時代』(2020年、文化庁芸術祭優秀賞など)を制作しました。
 

しかし、被差別部落のネット公開という極めて重大な人権侵害を番組内で取り上げられなかったことは、私の中に“しこり”として残っていました。

6月28日の控訴審判決 Mたちの行為を断罪

Mたちが全国の被差別部落の地名リストを本やウェブサイトに掲載することが「差別を助長する」として、部落解放同盟と原告234人が出版・公開の差し止めや損害賠償を求めた控訴審は6月28日、判決の日を迎えました。

TBSは「『差別されない権利が認められた』被差別部落地名リスト出版・公開差し止め訴訟 二審が範囲拡げる判決」と報じました。

二審の東京高裁はきょうの判決で、部落差別について「人間としての尊厳を否定するものに等しく、許容することができない」と指摘した上で、「差別意識が依然として存在していることは明らかである」としました。

その上で、「憲法の趣旨などに鑑みると、人は誰しも不当な差別を受けることなく、人間としての尊厳を保ちつつ、平穏な生活を送ることができる人格的な利益をもつ」と指摘し、被差別部落の地名を公表することはこれを侵害するものと認めました。

東京高裁は今回、賠償額を一審から引き上げて550万円としました。

また、一審では、訴えを起こした原告の現住所や本籍地が置かれていないため、差し止めを認められなかった6つの県についても、過去に原告が住んでいたり、親族が住んでいたりする場合も差別を受ける恐れがあるとして、差し止めを命じました。

ただ、原告側は地名が出た全ての都道府県で差し止めを求めていましたが、10の都府県のものには差し止めが命じられませんでした。

(TBSニュース・2023年6月28日)

https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/568971


 川口さんは高裁判決を高く評価


川口泰司さんはこの判決をどのように受け止めたのかが知りたくなり、問い合わせてみました。川口さんから寄せられたコメントは、次のようなものでした。


全国の部落の地名リストの出版やネット上に公開するという行為は、部落の人たちに対するプライバシー侵害であるだけでなく、第2審では、部落の人たちの「差別されない権利」を侵害する行為であると、私たち原告の主張や差別の現実をしっかりと踏まえた判決であり、大変高く評価しています。

また、第1審では16県が差し止めの対象から除外されましたが、今回の判決では6県があらたに追加されました。山口県の原告は私1人でしたが、今回、私の被害も認定されたことにより山口県も差し止めの対象となりました。

ただし、原告がいなかった10県などは差し止めの対象外になったことは、大きな課題だと思っています。このような本が出版されること自体が問題であり、原告がいるいないではなく、この本の出版自体を禁止する必要がありました。

また、今回の判決は、2016年の提訴時の被害認定であり、裁判以降も各地の部落を訪問し、画像や動画でネット上に公開し続けていきました。これらを削除するためには、また裁判をしなければいけません。

差別を禁止する法律がない状況では、司法の判断としてはこれが限界であり、今後は部落差別解消推進法を改正し、同和地区を晒すような行為を禁止する条文を盛り込む必要があります。

そして、今回の裁判を通して、私自身も含めてあらたに二次被害を受け続けてきました。被害者が民事裁判をして、その後も二次被害、三次被害にあうようなことがないよう、人権委員会などを設定して、被害者を救済する仕組みを作って欲しいです。


道はまだ遠い。でも、私たちは負けてはいけない。そう思いました。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう

radiko 防災ムービー「いつでも、どこでも、安心を手のひらに。」
radiko 防災ムービー「あなたのスマホを、防災ラジオに。」

この記事を書いたひと

神戸金史

報道局解説委員長

1967年、群馬県生まれ。毎日新聞に入社直後、雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。東京報道部時代に「やまゆり園」障害者殺傷事件を取材してラジオドキュメンタリー『SCRATCH 差別と平成』やテレビ『イントレランスの時代』を制作した。現在、報道局で解説委員長。