PageTopButton

松尾潔が母校・修猷館高校出身者のヘイト投稿めぐる裁判にラジオで言及

radikoで聴く

SNS上で差別的投稿を繰り返されたとして、在日韓国人3世の男性が高校の同級生に慰謝料などの損害賠償を求めた「在日の金くん」訴訟の第1回口頭弁論が東京地裁で5月30日に開かれた。当事者たちと同じ福岡県内の高校に通っていた音楽プロデューサー・松尾潔さんは6月3日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でこの裁判に触れ、「いつ自分が被害者に、あるいは加害者になってしまうかもしれないという意識でこの問題を捉えてほしい」と語った。

出身校の卒業生によるヘイト裁判

僕の出身校でもある、福岡県立修猷館高等学校(福岡市早良区)の卒業生2人が原告と被告に分かれたいわゆるヘイト訴訟についてお話します。今年3月に東京地裁に提訴し、その1回目の弁論が5月30日に行われました。

僕も傍聴し、その後の原告側の記者会見にも参加しました。東京地裁でのことなので残念ながら福岡のメディアでは大きく取り上げられていませんが、全国紙をはじめ、東京新聞や神奈川新聞の記者が取材していました。そのことを報告しながら、なぜこういうことが起きたのかということや、人の尊厳について考えていきます。

同級生からの「在日の金くん」というヘイト

どういう裁判なのか、東京新聞の記事から引用して紹介します。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/330584

訴状によると、福岡県の高校の同学年だった男性から2021年3月~今年1月、X(旧ツイッター)で「在日の金くん」との言葉を使われながら、「朝鮮人ってやっぱりばかだね。救いようがないよな」「もう日本にたかるの止めなよ」などと人格を侵害したり、名誉を損なわせたりする投稿を15件繰り返されたと主張。金さんは精神的苦痛を受けたとして、慰謝料など110万円の支払いを求めている。

原告の金正則さんは69歳。つまり、被告側の男性とは約50年前に高校に通っていた同級生ということです。金さんは福岡にいるときは「林」という苗字を名乗っていて、卒業後、上智大学に進学したタイミングで、金という民族名を名乗りだしています。

同学年だった男性とはもともと仲が良かったそうですが、男性は60歳を過ぎて、2021年頃になって、いわゆるヘイトとされる類の言葉を吐くようになったということです。

ホロコーストやジェノサイドに繋がる危険な発想

金さんはかつて広告業界で活躍し、著書もあるという、いわば「言葉の世界」に生きている人です。裁判の意見陳述も表現力豊かで、詩的な表現というか文学的な表現も交えていました。

「自分にとって故郷というのは場所だけじゃなく、自分の価値観とか情緒が形成されるような時期に見たものとか触れ合った人とかそういうものが故郷であって、これは今自分が傷つけられているということだけじゃなく思い出までも毀損されてしまうんだ」と話しています。

一対一で「あなたのことが嫌いだ」と言うことは、僕は風通しよく話せばいいと思うんですが、例えば民族であるとか人種であるとか、あるいは国籍といった、自分では変えることが容易ではない属性がありますよね。「あなたは○○民族だからダメだ」と、その民族をヘイトする、侮辱する、金さんの両親のことなども被告はXに投稿しているのです。

金さんは「人の親をからかうというのは、その民族を劣等民族だと思っているからであって、人間として低い、あるいは人間ではないという扱いは、それこそホロコーストであるとかジェノサイドとか、そういったことに繋がる危険な発想ではないか」と、社会的な見地で話しています。

同級生同士の喧嘩と矮小化するのは危険

金さんの同級生で、鉄の研究で有名な九州大学名誉教授の津崎兼彰さんも記者会見に同席していて、「人というのは産土、自分がどうやって生まれて育んできたかというその環境というのが、その人の尊厳に繋がるわけで、そこを損ねられるというのは、もう単に仲違いとかそういうことじゃない。だから、同級生同士の喧嘩みたいな形で矮小化されるのは一番危険だ」とい話していました。

つまり、日本社会全体の問題ではないかということです。記者会見の様子は「のりこえねっと」のYouTubeチャンネルに動画があり、金さんも津崎さんも僕も出ています。

僕は金さんとはこの日が初対面でした。共通の知人を介して「松尾さんの母校でこんなことが起こっているのを知っていますか」と言われて驚きました。自分も急に当事者意識が湧きました。

僕も進学で東京にやってきた一人で、やはり地元出身の友達は心強いものです。福岡で知り合って東京で生活するときに、寄り添うような気持ちがあったその相手が、あるとき急に「松尾はどこどこの生まれだろ」と言ってネットに書き散らすというのは、想像したくない出来事です。

自分に鐘を鳴らしておかないと責め立てる側になる可能性がある

金さんに同情する気持ちはもちろんありますが、僕も気をつけないと、自分の胸の中にある鐘を常に鳴らしておかないと、分断する側、あるいは金さんを責め立てる側=被告男性の立場になる可能性もある。それぐらいの弱さがあるなとも思いました。

加虐する側の快感は、恐ろしいことに生活する中に随所に転がっていると思うんです。子供たちが他愛なくからかっているのを、なぜ親が注意しないといけないかというと、そのまま放置しておくとそれを快感として捉えてしまう機能が、残念ながら人間にはあるからなのだと思うのです。

今回の裁判、双方言い分があるにしても、悪い人はどちらなのかということは、割とはっきりしている話に見えます。しかし、問題はなぜ50年もの間、仲良くしてきた間柄で、急にそうなってしまったかということです。

「お前とはもう口をきかない」ということはあるかもしれませんが、その人の出自まで言及するというのは、最近よく社会問題として言われる「高齢化して思想が極端に右傾化する人が多くなっている」というものが、ここに表れているのかなという気もします。

自分が被害者、加害者になってしまうかもしれない

同じ修猷館高校の卒業生で、イギリスから社会への提言などを発信していることで知られている、ブレイディみかこさんが今回これに関してコメントを寄せています。

今回の訴状に記載された投稿記事の数々は、人道の観点のみならず、法的にも許されないことを明確に主張していかなければ、日本は「人権問題に難がある国」という対外的印象を裏付けすることになってしまいます。大人は、そのような社会を未来の世代に残すべきではありません。

「人民の権利を固守する」という表現をブレイディさんはしていますが、まさにこれ、いつ自分が被害者に、あるいは加害者になってしまうかもしれないという意識で、この問題を捉えて、福岡のリスナーに広く知って考えてもらいたいと思います。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう