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スミソニアン動物園にいたパンダ

太平洋を渡る「毛むくじゃらの外交官」パンダが中国から渡米する意味

飯田和郎

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「“毛むくじゃらの外交官”がワシントンへやってくる」そんな見出しが、アメリカの新聞に載った。外交官とはパンダのことだ。「パンダ外交」という言葉もあるように、中国がパンダを使って、相手国が抱くイメージをよくしようというのは、伝統的な手段だ。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が6月6日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、コメントした。

米中で異なる「パンダ渡米」発表のトーン

お帰りなさい、パンダ! 2頭の“毛むくじゃらの外交官”がワシントンへやってくる!

アメリカ・ニューヨークタイムズの見出しだ。外交官とはパンダのこと。この記事の書き出しはこうなっている。

『パンダがいない』――。それは長く、悲しむべき半年間だった。ワシントンにおいて、誰もが知っていたソフト外交のシンボル、ジャイアントパンダ。耐え難いほどふくらんだ渇望に、まもなく終止符が打たれる

オスとメスの2頭のパンダが今年11月に、ワシントンにあるスミソニアン国立動物園にやって来る。現在、中国の四川省の保護センターにいるこの2頭はそれぞれ、もうすぐ3歳になる。パンダの1歳は、人間の3歳分に相当するので、人間ならまもなく9歳という子供。アメリカの市民は今後、この2頭が成長していく過程も見守ることができる。

ただ、中国のパンダが外国へ渡る場合、あくまでレンタルだ。今回もアメリカへのプレゼントではない。中国だけに生息するジャイアントパンダを、中国政府は「国家一級重点保護野生動物」すなわち絶滅危惧種に指定している。おいそれと、外国にプレゼントというわけにはいかない。

もちろん、大切な宝を貸し出すには、中国の計算も働く。このレンタル、中国とアメリカの双方か5月末に発表されたが、かなりトーンが違う。中国は国内向けに、中国の野生動物保護団体、そしてアメリカの動物園が、これまでパンダの保護・研究において、長く協力してきたことを紹介したうえで、こんな説明を付けている。

中国とアメリカの双方は、ジャイアントパンダの保護や繁殖、疾病治療、技術交流において、大きな成果を上げてきました。

これまでアメリカで、パンダ4頭が誕生しました。また115冊の専門書、300以上の学術論文の発表で米中が協力し合い、野生生物保護の専門家を1500人以上、育ててきました。

「パンダの貸与は学術・研究のため。自然保護のため」というニュアンスだ。一方、アメリカ側の発表には「貸与期間は2034年4月までの10年間。スミソニアン動物園はレンタル料として、年間100万ドル(約1億6000万円)を中国側に支払う」といった内容が載っている。これは中国側には見当たらない。

半年間「空き家」のスミソニアン動物園パンダ舎

パンダが初めてアメリカに渡ったのは、1972年。もう50年以上も前のこと。ただし、スミソニアン動物園で飼育されていた3頭は昨年11月、中国に返還された。アメリカ南部のアトランタには現在4頭がいるが、首都ワシントンからはパンダが消えたままになっていた。

パンダがいなくなったスミソニアン動物園のパンダ舎の前には「3頭のパンダは今、中国で元気に暮らしています」という立看板が設置されている。とはいえ、この半年間、「愛くるしいパンダを観たい」という声は根強かった。

今年11月に、新たに2頭のパンダがワシントンへ来るということは、不在が埋まるということだ。だから、さきほどのニューヨークタイムズの記事にあったように、「それは長く、悲しむべき半年間だった」というわけだ。

ここには、中国側の仕掛けがあった。昨年秋に、習近平主席がアメリカを訪問した。これは、ワシントンに前にいたパンダ3頭が中国に帰国して直後のことだ。この時、習主席は「パンダは米中両国にとって、友好のための使者だ」と表現、パンダを改めて貸し出すという前向きな姿勢を示していた。その流れで、今回、合意に達したというわけだ。

年間190万人が訪れるスミソニアン動物園において、パンダは最大のエンターテナーだ。動物園は、飼育していたパンダの様子を撮影し、インターネット上で、動画を公開しているが、これのページビュー(再生回数)は1億回を超える。

「外交官」の渡米は“絶妙なタイミング”

「毛むくじゃらの外交官」。パンダを外交官に見立てたこの表現のニュアンスは、単に「愛くるしい希少動物」というだけではない。「白と黒の、見た目の愛くるしさ」の下に隠された本音、したたかな思惑を抱いた「辣腕の外交官」という、皮肉もこもっているように感じる。だから「毛むくじゃらの外交官」という表現は、的を射ている。「毛むくじゃら」に隠れた部分は何だろうか? そう考えてしまう。

中国政府は、自分の国との関係強化、イメージアップのために、莫大なカネを投じている。その一つとして、パンダを使って、相手国が抱くイメージをよくしようというのは、中国の伝統的な手段だ。日本に来たパンダもそうだ。「パンダ外交」という表現も中国にはあるが、パンダの貸し出しに勝る効果を上げる方法はないだろう。

「学術・研究のため」と強調しているが、やはり、真の狙いはアメリカとの関係をよくしたい。そのためには、アメリカ国民の心情に入っていくのが有効だ、ということだ。

合意のタイミングも、パンダが大好きなアメリカ人をジリジリとじらしてきたようにも見える。習近平主席の訪米から半年。そして、貿易摩擦、台湾や南シナ海、ウクライナ戦争を続けるロシアへの対応…などで、米中対立がさらに激しさを増す。なにより、4年に一度の大統領選挙が11月に迫り、選挙戦は、中国との向き合い方も重要テーマ。その大統領選挙の結果が出る11月に、パンダがやってくる。

表向きは「学術・研究のために貸してあげる」というものの、思惑が働く中国。パンダが戻って来るのを心待ちしていた首都ワシントンの市民。そして、中国のソフト外交を警戒するアメリカ政府…。2頭のパンダに、さまざまな思いが交錯するようだ。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。