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フレンチがまだ敷居が高かった頃、普段使いできるフレンチもあると教えてくれた食堂

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1990年代前半、フランス料理を食べるといえば、一部の富裕層以外にとっては特別なことだった。「どんな服を着ていけばいいだろう」「テーブルマナーどおりに、きちんと食事できるのか」と緊張して行く場所。当時街場にレストランは少なく、一流ホテルの中にあるものというイメージが、高級でシックな印象を強めたのかもしれない。
今では耳慣れた「ビストロ」という言葉が一般的になったのは、2000年ごろだった。日常的にワインを飲む習慣もなかった当時、1997年に南区大橋で営業をスタートした「ボンジュール食堂」こそ、福岡に大衆フレンチ文化をもたらした草分け的存在だろう。
北九州出身の原田大輔さんは、大学生時代から海外を旅するのが大好きだった。なかでも特に惹かれたのがフランスで、料理はもちろん、地理や歴史、文化、人柄など、そのすべてに魅了された。大学卒業後は会社員を経験し、ワーキングホリデーで出かけた先のカナダのレストランで初めて厨房に入ったのが料理人としてのキャリアの始まりだった。
帰国後は長野のホテルやレストランで修行を重ね、地元である福岡に戻るのを機に「ボンジュール食堂」を開店。東京で「ビストロ」が流行しはじめたころだった。当時福岡にあったフレンチといえば、本格的なフランス料理の名店として知られる「花の木」(博多区中洲から中央区大濠公園へ移転)が代表格だが、ここはクラシックな雰囲気が漂う高級レストラン。その他「花むら」(中央区舞鶴)や「ペシェミニヨン」(南区大楠)などの個人店も数軒あり、そちらはホテルレストランよりはリラックスした雰囲気だったが、普段着で行くほどカジュアルではなかった。
一方、原田さんがつくりたかったのは「安くておいしい料理をお腹いっぱい食べられる店」だ。ワンピースにヒールでなくても入れるカジュアルなフレンチ。デニム姿の学生たちも気軽に来店して満足できる店。それまで福岡にはなかった「普段着で行けるフレンチ食堂」を思い描いた。小さめのテーブルや市松模様の床のタイル。パリの蚤の市で仕入れたポスターや雑貨で店内を埋め尽くし、食器やカラフェも現地で調達したものからセレクトした。壁に貼られた雑誌の切り抜きはフランス語。BGMにはフランス語のラジオニュースが流れている。原田さん曰く「パリのとある実在のビストロをイメージした」とのことだったが、まるで映画のワンシーンのような、パリらしい空間に仕上げられている。

ボンジュール食堂 料理 「ボンジュール食堂」のランチ

メニューには、フランスのビストロではおなじみの「ロムステーク」(牛ランプ肉のステーキ)や「カスクルート」(バゲットを使ったサンドイッチ)のほか、鴨肉やエスカルゴ、クスクスなど現地で日常的に親しまれている食材の名前が並ぶ。前菜・メイン・デザートをそれぞれお客が選ぶ「プリフィックス」やワインを量り売りするスタイルは、オープン当時、他にはまだほとんど見られなかった。さらに「食べきれないかも」と不安になるくらい気前のいい料理の盛り方も、「ボンジュール食堂」の定番になった。
2005年、原田さんは南区井尻にガレット(そば粉のクレープ)を前面に打ち出した「ルピュイ」を姉妹店としてオープンした。ガレットを本格的にオンメニューしたのは、福岡ではおそらく最初だったのではなかったかと記憶している。 その後「ルピュイ」は「ボンジュール食堂」の2軒隣に移転。原田さんは「ボンジュール食堂」を弟子に譲り、現在は「ルピュイ」1軒のみを切り盛りしている。「ボンジュール食堂」とは異なる内装だが、基本のメニューはやはり大衆的なフレンチで、店全体がフランスらしさにあふれている。

ルピュイ 店内 「ル ピュイ」の店内

「ボンジュール食堂」と「ルピュイ」に来ると、学生時代フランスに留学していた時の光景が、目の前によみがえるような感覚になる。コンパクトなテーブル、チョークでメニューが手書きされた黒板、皿一杯の料理に付けあわせのインゲン豆のシンプルな味付け・・・店に存在するものすべてが、細部に至るまでフランスよりフランスらしいのだ。 これほどリアルにフランスの日常が再現できるのは、きっとこれまで原田さんの見てきたものや感じたことのすべてが、料理や内装、提供スタイルに込められているからに違いない。この2軒ほど「大衆フレンチ」という言葉が似合う店を、私はまだ他に知らない。 

この記事は「福岡グルメトリビア~ン」(2020年・聞平堂刊)から転載させていただきました。
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