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台湾語?それとも閩南(びんなん)語?…台湾で巻き起こる名称論争

飯田和郎

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台湾でいま、台湾の人たちが用いる言葉の名称をめぐって、議論が起きているという。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が7月25日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、中国も巻き込んだ論争になっているとコメントした。

台湾の方言は中国・福建省がルーツ

いきなり余談だが、90歳になる私の母は青森県の津軽地方の生まれ。18歳で東京に出てきたが、しばらくは誰とも話さなかったそうだ。標準語をしゃべることができず、津軽弁=いわゆるズーズー弁、田舎の言葉がはずかしかったと言っている。母は今、ふだんは標準語だが、故郷を離れて70年以上になるのに、青森の親戚としゃべると、瞬時に津軽弁に戻る。聴き取りが難しいほどだ。

お国言葉は、一人ひとりのアイデンティティ=つまり、個人のルーツ、自分はいったい、どのような存在なのかという意識を感じるものだと思う。そこで今日のテーマ。台湾でいま、台湾の人たちが用いる言葉、その名称(=呼び方)をめぐって、議論が起きている。

台湾の標準語は中国語。中国本土の標準語に近い言葉だ。だから、台湾に住む人と、中国標準語をしゃべる中国の人の会話は、基本的に成り立つ。台湾ではこの言葉を「国語」と呼んでいる。学校教育も主に、この国語が使われている。

一方、台湾の多くの人たちが日常的に使用している言葉は「閩南(びんなん)語」と呼ばれている。閩南とは、台湾の対岸、中国福建省の南部を指す。この閩南語は、主に中国福建省で使っている言葉だ。現在、台湾に住む人たちの祖先の多くは、17世紀から19世紀にかけて、福建省から移住してきた人たち。祖先が使っていた言葉が基礎になって、台湾でも広まったためだ。

福建省の方言とほぼ一緒と言ってよい。もちろん台湾でも地域、地域によってこの閩南語に、少しずつ発音やイントネーション、使い方の違い、さまざまなバリエーションがある。

検定試験の名称変更をめぐり与野党が対決

ここで、台湾の近現代史を振り返ろう。日清戦争に勝った日本は1945(昭和20)年まで50年間、台湾を統治した。支配者だった日本はこの間、台湾でも「国語」として日本語の普及を図り、公に使うようにもした。台湾のお年寄りの多くが、流暢な日本語をしゃべるのは、このためだ。

日本が第二次大戦に負けたあと、大陸からやってきた国民党は、中国本土の言葉を、新たな公用語にした。しかし、日本統治時代も、国民党政権時代も、台湾の多くの庶民は、さきほど紹介した閩南語を日常的に使い続けてきた。その閩南語、今日では「台湾語」とも呼ばれている。

台湾全土で行われているテストの一つに、「閩南語能力検定試験」というものがある。台湾政府機関の一つ、教育省(=日本の文科省)が実施している。受検資格に国籍や年齢は関係ない。レベルによって6段階に分かれる。プロの通訳になろうという人から、この閩南語に関心があるという基礎的なレベルの人でも、受検できる。ヒアリングと会話のテストがある。

2010年から始まったのだが、年々人気を集め、昨年(=2023年)からはそれまでの年1回だった実施が、3月と8月の年2回に受検機会が増えた。多くの日本人も受検している。今年8月に行われる次の試験には1万8000人以上がチャレンジするという。

この検定試験の名称を、変更しようとする動きがある。つまり、現在の「閩南語能力検定試験」から「台湾・台湾語能力検定試験」に変えるというものだ。7月18日にこの計画が明らかになった。すでに台湾社会では「台湾語」と呼ばれるようになった「閩南語」を、正式に名称変更する動きだ。

現在の政権与党・民進党は中国と距離を置き、台湾独自の道を歩もうとしている。一方、主要な二つの野党は、中国との融和を進めたい考えだ。その野党が教育省の方針に異を唱え、このように反発している。

「アメリカ人が使う言葉を、アメリカ語と呼ぶのか。彼らのルーツ、イギリスの言葉、つまりEnglish=英語ではないか」「名称の変更は『中国離れ』、『脱・中国』の動きそのものだ」

台湾の議会で、与野党対立の一因になっている。実は、私がこの騒ぎを知ったのは、台湾からのニュースではない。中国の国営メディアで流れていた。中国サイドも、「民進党政権による『中国離れ』の一環だ」として、今回の動きに苛立っているようだ。

すなわち、使われてきた言葉の能力検定試験の名称がこれまでどおり、閩南語なら、「中国福建省の方言」という認識で、中国サイドも許容できる。それが、正式に「台湾・台湾語能力検定試験」に変わってしまうと、民進党政権がさらに、独自路線を進めている、と受け取るだろう。

今回の検定試験の名称変更計画。頼清徳総統をはじめ、民進党政権も、やはり「中国離れ」を目指そうという思惑が当然あると思う。政府が実施するテストの名称変更によって、2300万いる台湾の人たちに、「自分たちが日常的に使っている言葉は、閩南語(=中国福建省南部の言葉)ではない。台湾語(=台湾独自の言葉)だ」という意識を植え付けた思いがあるはずだ。

台湾の中でも別の摩擦になる危険性

それに対する反発で中国からの圧力は日に日に強くなっている。単に名称の問題にとどまらない、と。民主化されて以降、台湾では「自分たちはいったい、どのような存在なのか」という論争が繰り返されてきた。「中国人なのか、台湾人なのか。はたまた、どちらでもあるのか?」。言葉はやはり、それを用いる人、一人ひとりのアイデンティティを、映し出しものだと思う。

先ほど紹介したように、台湾は19世紀までに、中国大陸からの移住者を祖先に持つ人たちが主体だ。ただ、日本のあとに支配者になった国民党とともに、中国各地から渡って来た人もいる。彼らは基本的に閩南語(=つまり台湾語)を話さない。現在の中国標準語をベースにした言葉を話す。このほか、少数民族はそれぞれ独自に言語を持つ。言葉が表すアイデンティティが、背景やルーツによって、大きく異なる。

台湾で使う言葉の能力検定試験の名前を、閩南語から台湾語に変更しようという動きは、台湾と中国の間の摩擦になるだけではない。台湾の中でも、それぞれが持つアイデンティティを改めて呼び起こす要素になり、議会での論議のように、人々の間で、別の摩擦になる危険性も持っている。台湾の人々が日々、使っている言葉を巡る話。それは、台湾社会の複雑さも映し出している。

 


 

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。