中国が先日、台湾近海で軍事演習を行った。台湾をぐるっと取り囲むような大規模な演習だった。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が10月21日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、台湾の頼清徳総統が行った中台関係に関する演説、そしてそれに反発した中国の軍事演習を分析した。
頼清徳総統の演説に中国側は猛反発
1週間前の10月14日「中国人民解放軍が台湾近海で演習を開始した」という発表が飛び込んで来た。注目したいのは、演習のきっかけと思われるものだ。
まずは、どんな演習だったのかを紹介しよう。中国人民解放軍で、台湾方面を管轄するのが東部戦区。その東部戦区が14日早朝から、陸・海・空軍、それにロケット軍などが加わり演習を行った。空母「遼寧」も参加した。
演習を行った区域は台湾の北部の台北、南部の高雄など台湾の主要な港湾をもつ6つの沿岸都市の沖合だった。中国軍は演習の目的として、「重要な港の封鎖、そして制圧」することを挙げていた。つまり、「中国軍は、ことが起きれば、台湾で物資や人員の移動を遮断できる。経済の流れを止められる」――その能力を示すことが狙いだった。私が今回の演習で、見出せる2つの意義のうちの1つが、港湾封鎖という、演習の具体的テーマだ。
中国の軍隊が、台湾を包囲する形で行う大規模な演習は、台湾の頼清徳総統が就任した直後の5月以来。今回の演習は、台湾の建国記念日にあたる「双十節」=10月10日の4日後だった。2つ目の注目点は、その双十節で、頼清徳総統が行った演説内容に、大きく関係していることだ。頼清徳総統は、中国との関係について、こう述べた。
「中国は台湾を代表する権利がない」
「中華民国は、中華人民共和国に隷属しない」
特に2番目の「中華民国(台湾の正式名称)は、中華人民共和国に隷属しない」。この発言が2つ目のポイントであり、中国側は猛反発したわけだ。台湾の建国記念日に相当する日の演説で、そう言った。もう一度、紹介しよう。「中華民国は、中華人民共和国に隷属しない」。この頼清徳総統の発言を、中国メディアは、このように位置付けた。
「頼清徳の演説は、独味と毒味に満ちている」
どくみ…。音は同じだが、字体は違う。1つ目の「どくみ」は「独立の味、つまり台湾独立の意味」、2つ目の「どくみ」は、「毒々しい味、即ち、悪意のある、危険な意図という意味」。独立の「独」と毒々しいの「毒」は、中国語でも同じ発音。頼清徳総統による「中華民国は、中華人民共和国に隷属しない」の演説は、中国側からすれば「台湾独立を目指し、悪意に満ちた、許すことのできない内容だ」と猛烈に非難しているのだ。
『二国論』が25年の月日を経てよみがえった
中国のメディアは、この演説全体に、このように怒りを表している。
「これは、新たな『二国論』である」
「新たな『二国論』」と糾弾しているが、そもそもの二国論とは、今から25年前の1999年7月、当時、台湾の総統だった李登輝氏がドイツの放送局とのインタビューで、打ち出した。中台関係についての考え方だ。
「台湾海峡両岸の関係を位置づけると、少なくとも『特殊な国と国の関係』である。一つの合法政府と一つの反乱団体、あるいは一つの中央政府と一つの地方政府というような『一つの中国』の内部の関係ではない」
中国と台湾の関係は「特殊な国と国との関係」。これが李登輝氏の二国論だ。歴史的経緯から「特殊な」という枕詞がつくが、要は「中国と台湾はすでに別の国だ」というもの。当然ながら「台湾は自分たちの国の一部」という原則を絶対に曲げない、中国共産党政権の猛反発を招いた。
中台関係は「特殊な国と国との関係」、李登輝氏が25年前に語った二国論があって、今回の頼清徳総統の演説内容こそが「新たな二国論」。中国側はそう決めつけたわけだ。中国からすれば、「あの憎々しい李登輝の、あの憎々しい『二国論』が25年の月日を経てよみがえった」…。そういう認識だろう。
「独立志向の表れ」ではなく「そもそも別の国家」
そもそも中国側は、頼清徳氏について、今年1月、総統に選ばれる前から「台湾独立主義者」と位置づけて警戒してきた。総統に当選しないように、中国サイドは様々な仕掛けをしたが、中国の願うようにならず、頼清徳氏が当選した。そして、中国側からすると、「頼清徳は就任後、やはり李登輝と同様に、台湾独立を志向している。許せない」と考え、それが14日の大規模な軍事演習につながったのだろう。
おそらく、中国サイドは、頼清徳総統の演説がどのような内容になるか、息をひそめて見守っていた。「中華民国は、中華人民共和国に隷属しない」。演説は、中国が主張する「一つの中国」原則を受け入れない姿勢を強調した。そして、中国側は、その内容はまさに「新たな二国論である」と断定し、準備していた台湾をぐるりと囲む軍事演習を敢行したのだろう。
しかし、中国側はこの演説を「独立志向の表れ」と糾弾するが、頼清徳総統は「いや、そうじゃない。独立を目指しているのではない。そもそも中国と台湾は別の国家だ」という認識だ。だから「中華民国は、中華人民共和国に隷属しない」という表現を用いたのだ。
中国と台湾の関係は当面、緊張状態が続くのか?
中国は、台湾の頼清徳総統個人へ、また頼清徳総統率いる民進党政権に対して武力による威圧を常態化させる。つまり、今後も繰り返し台湾近海で軍事演習を行うだろう。
当然のことながら、これは頼清徳政権だけではなく、米国や日本の介入をけん制する意図がある。演習を実施した14日、中国の国営メディアは、演習の模様を映像や文字で、ほぼリアルタイムで報じていた。私のスマホにも、演習内容の速報がどんどん届いた。「台湾統一」を強調するのは、指導部の求心力を維持したいという中国国内向けに、アピールする狙いがあったはずだ。
李登輝氏が総統在任中の25年前に述べた「二国論」、そして、現在の頼清徳総統の演説を、中国が「新たな二国論」とした。李登輝氏を祖国分裂主義者と決めつけた中国は、「新たな二国論」を打ち出した頼清徳総統は、李登輝氏に並ぶ、決して許すことのできない、やはり祖国分裂主義者として対峙していくのだろう。
ただ、25年前と今日を比べて違うのは、中国の軍事力が格段に増強されていることだ。また、今日の中国指導部の考え方、政治手法が硬直化していることだ。私はそれを強く懸念している。
この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう
この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。