総選挙が終わった。自民党が大きく議席を減らし、一方で立憲民主党が躍進した。この選挙結果を受けて、日本の外交、とりわけ周辺国との付き合いは、どのようになっていくのだろうか? 東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が10月28日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、中国を中心に日本との向き合い方がどう変わっていくかを予想した。
東アジアでは難問が山積
外交政策は野党の一部を除き、与野党で大きな相違はない。ただ、総選挙を経て、基盤が弱くなる石破政権を、これら国々がどのように見るか、だろう。
東アジアを見渡せば、難問が山積している。朝鮮半島では、尹錫悦大統領の韓国とは概ね良好な関係を築いている。一方、日本人拉致問題を抱える北朝鮮とは、少なくとも表面上、拉致や核問題は進展が見られない。
その北朝鮮は、韓国を「敵対国家」として、南北間の道路や線路を爆破した。そして、北朝鮮は数千人規模の兵士をロシアへ派遣し、ロシアのウクライナ侵攻を支援するとの見方もある。
北朝鮮とロシアの連携は、日本や米国への揺さぶりの意図もあるのだろう。中国と台湾の関係も「台湾海峡 波高し」といった状態。韓国、それに台湾は日本の政権の不安定化、政治の流動化は望むものではない。
日本との関係改善を望む中国
この東アジアにおいては、日中関係がどうなるかという問題は、政治だけではなく、経済に関しても大きなテーマだ。中国の習近平政権は、日本とどのように付き合おうとしているのだろうか?
実は中国は、日本との間で、関係改善を望んでいる。その兆候がいくつか、表れている。実際、先月には、日本産の水産物輸入再開で両国が合意した。福島第1原発から出た処理水の海洋放出が昨年8月に始まったが、それに反発する中国は日本産水産物の全面禁輸を続けてきた。輸入再開はこれを緩和する措置だ。
ほかに、同じ日本から中国への輸出という点ではニシキゴイの輸出再開が注目される。鮮やかな色合いのニシキゴイは「動く宝石」とも呼ばれ、1匹数億円にもなる。中国では富裕層に特に人気がある。「日本で生産されたニシキゴイを中国向けに再び入れてもいい」と、中国政府が認めた。10月に入ってからの措置だ。
生き物だから、海外に輸出するためには日本国内での検疫が必要だ。だが、昨年11月から中国政府が、この検疫許可手続きの更新を認めなくなった。つまり、中国へ輸出できなくなっていた。日中両国の協議を経て、日本国内6か所の養殖場で、必要な検疫が再び始まった。ニシキゴイの生産は新潟県が圧倒的なシェアを持つが、福岡県でも筑後地方を中心にさかんだ。
一昨年の中国向けニシキゴイの輸出は総額12億円。他の輸出品に比べ、大きな額とはいえない。だが、考えてみよう。コイはそもそも中国大陸にルーツを持ち、それが日本に渡来した。日本の技術で改良を重ね、世界中で高く評価されるようになった。日本産ニシキゴイの中国輸出は、進化した形になっての、言わば“里帰り”。「日本と中国を結ぶのがニシキゴイ」と位置付けると、今回の輸出再開は、中国から日本への関係改善のサインと受け取れないだろうか。
これは、中国政府の外交関係者から直接、聞いた話だ。中国サイドは、日本人が抱く中国のイメージ悪化をかなり深刻に受け止めている。例えば、日本のNPOが昨年、実施した世論調査によると、日本人の92.2%が中国に対しての印象を「悪い」と答えている。前年に比べ、5ポイント悪化しているという。
周辺国との関係改善の背景に“経済不振”
中国への好ましくないイメージは、日本に限らない。習近平主席は先週、インドのモディ首相と会談した。インドも日本と同じで、中国の隣国だ。国境問題を抱えるインドとの首脳会談は実に5年ぶりだった。
中国の国内経済が不振を極める。中国が、周辺環境を再構築しようという意欲を持っている背景には、やはり中国経済が難しい状況に陥っている影響は大きい。だからニシキゴイを含め、日本産水産物の輸入を認め、「経済」に関して、日本と協力していきたいという意向が強いのだろう。
中国経済の苦境は、さまざまな数字からも見て取れる。中国が目標に掲げた今年の経済成長率は「5%前後」。先週18日に発表された今年第3四半期(7~9月)の経済成長率は、前の年の同じ時期に比べて4.6%の伸び。その前の3か月=4~6月の4.7%増からさらに減速した。1~9月期で見ると、4.8%だった。年間目標の「5%成長」(*昨年通年5.2%)の達成は微妙だ。
今年も残り2か月。「来年は景気のさらなる落ち込む」と指摘する観測が早くも出ている。最大の課題は不動産不況だ。不動産取引に依存してきた地方財政の悪化へと波及している。先月末には共産党の重要会議である政治局会議が開かれた。会議の内容が発表されたが、現在の経済情勢について、取るべき姿勢を、こう総括している。
「困難を正視し、責任感と緊迫感を強めなければいけない」
「困難を正視する」。政治局会議では過去、経済の論議はあまり例がない。危機感の表れといえるだろう。国内経済に対し、中国政府は、金融緩和策をはじめ、次々と景気刺激策を打ち出している。
関係改善は「自分たちの論理の枠内で」
一方で、中国当局は、日本人児童刺殺事件の詳細を明らかにしていない。スパイの罪で起訴された日本製薬会社社員についても、説明がないままで、日本の世論をいらだたせている。
日本との関係改善は、あくまで「自分たちの論理の枠内で」ということかもしれない。石破茂総理が就任した時に、習近平主席は祝電を送っている。3年前、岸田文雄総理が就任した時と、祝電の文言が微妙に異なる。岸田氏の時にはなかったこんな一節が、石破氏への祝電にはあった。
「日本が中国と向き合って進み、両国の戦略的互恵関係を包括的に推進し、建設的で安定した中日関係の構築に力を注ぐことを願う」
「日本が中国と向き合って進み」…の部分。日中両国が共に向き合い、ではない。読みようによっては「こっちを向いて」、さらには「日本は米国ばかり向くな」という、やや高圧的な意味合いにも受け止めることもできる。岸田総理への祝電にはなかった。日米を中心にした安全保障の強化に意欲的な石破総理に向けたけん制にも思える。
中国は「自分たちが、真の強国になる道のりには、米国が立ちふさがる」と考える。だから、ロシアや北朝鮮も含めて、国際社会で仲間づくりを進めている。米国と同盟関係にある日本とは、米国を視野に入れながら、また、現在の国内経済を考えた関係を構築しないといけないわけだ。
昨日の総選挙で、与党が議席を減らした。足元が揺らぐ石破政権は、外交や安保で得点を稼ごうとするかもしれない。石破総理が熱心な安全保障の主な対象は、やはり中国だ。日本の政権の弱体化は、中国にとっても歓迎できない事態と言えるだろう。
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この記事を書いたひと
飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。