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幼児誘拐・売買事件…映し出される中国社会の一断面をウォッチャーが解説

飯田和郎

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中国で注目の裁判に間もなく判決が言い渡される。中国社会の闇とも言えるこの事件について、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が11月4日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。

米大統領選挙の結果は中国にどう影響する?

本題に入る前に。あすは、いよいよアメリカ大統領選挙の投票日。民主党のハリス副大統領が勝つか。共和党のトランプ前大統領が返り咲くか。アメリカだけではなく、世界が注目している。アメリカと中国という枠組みで見ると、中国はどちらの候補に勝ってほしいのだろうか?

どちらが勝っても、中国からの輸出品への関税強化に動くだろう。このほか、ハリス氏なら、言論の自由や少数民族など人権問題で、口出しされる懸念があるが、ある程度、先が読める。一方のトランプ氏ならどんな手を使ってくるか。2国間関係以外にも、北朝鮮やロシアとの向き合い方など、中国がイニシアチブを取りたい分野にも、奇手が飛び出すかもしれず厄介かもしれない。

1997年に起きた事件の裁判に中国メディアが注目

きょうの本題。現在、ある事件の控訴審裁判(=第2審)が続いている。中国のメディアはこれを大々的に報道している。

幼児を多数、誘拐し、さらに売った罪に問われた、河南省出身の男女2人に対する控訴審がこのほど、山東省高级人民法院で、開かれました。

1審判決によると、被告の男に「執行猶予2年付きの死刑」。また、共犯の女に対しては、「無期懲役」が言い渡されましたが、2人は控訴していました。近く2審の判決が言い渡されます。

高級人民法院は、日本の高等裁判所に相当する。これから紹介する中国のケースは、さらった子供をほかの人に売って、カネを得ようとしたものだ。今日でも、中国ではこんな事件が頻発している。

事件は今から27年前、1997年に起きた。山東省のある町で、当時2歳6か月だった男の子が自宅前で遊んでいたところ、男に誘拐された。男と共犯の女は、この子を遠く河南省まで去って行った。そして、河南省のある農村で、この男の子を1万5000人民元で売った。その当時の為替レートなら、日本円で22~23万円ぐらいだ。

男の子を買う約束をした農民は、1万5000人民元のうち、2000元しか、誘拐犯の男女2人に支払えなかった。このため、2人はこの子を買い戻し、男の子を別の農民に売った。今度は6000元。当時のレートで9万円から10万円だろう。誘拐から1年あまり後のことだ。

映画化そして親子の再会

我が子が突然、いなくなった両親は、さぞ悲しみに暮れただろう。この事件が大きくクローズアップされたのは、実は、子供を奪われた父親のその後の行動が、悲しみと怒りで社会に反響を呼んだからだ。

父親は自ら行動を起こした。オートバイに独り乗って中国全土を回り、我が子を探し求めた。誘拐された当時(=2歳半)の我が子の写真をプリントした大きな旗をつくり、バイクの荷台に立てた。「この子を知りませんか。誘拐されたのです」と書いたビラを配って回った。距離にして50万キロを超える。地球を10周以上する距離だ。バイクを10台、乗り潰したという。

その息子は誘拐から24年後の2021年6月に見つかった。2歳半だった我が子は27歳になっていた。DNA鑑定を経て、親子であることが証明され、両親の元に帰れたわけだ。誘拐犯の男女2人は、翌月、逮捕された。

24年ぶりの親子の再会。ただ、父親の執念に加え、この実話を素材に映画がつくられたことが大きい。タイトルは英語で『Lost and Love』(中国名「失孤」)。主役の父親役を演じたのは、香港の大スター、アンディ・ラウ(中国名・劉徳華)。あのアンディ・ラウがわずかな期待と大きな失望を繰り返し、疲れ果てる中年の農民を熱演した。

映画が公開されたのは2015年。映画によって、この事件が社会で大きな関心を集めたことも、公開から6年後の2021年、我が子との再会にも大きく貢献したようだ。

いまも年間2,500人が売買目的で誘拐

21世紀になっても、子供を売ることを目的にした誘拐が起きている。中国の公安省(=日本の警察庁)が今年9月、記者会見で明らかにした。この夏に実施した犯罪集中取り締まりの成果を発表した。長年、誘拐された女性や子供2,505人が救出されたという。

カネを払う、買ってでも子供がほしい者がいるからだ。この事件でも、子供は農村に売られていた。働き手、後継ぎ…。しかし、戸籍がないまま、引き渡される子供の将来がどうなるか、明らかなはずだが。

映画『Lost and Love』の1シーンで、犯人が誘拐した女の赤ちゃんを、引き渡す場面がある。いわゆる“買い手”は犯人にこう言い放つ。「ほしいのは、男の子と言っていたじゃないか!」。現実でも誘拐され、売られるのは、多くのケースが、物心がつく前の赤ん坊(=乳児)、そして男の子だ。中国社会の闇の一つだ。

我が子の将来のために、と両親が子供を農村に残し、都会で出稼ぎしているうちに、子供が誘拐されるケース。また、出稼ぎの父親、母親と一緒に都会に来たものの、両親が働いている間、一人、家に残されるのを狙ってさらわれるケースもある。

党指導部の意向で2審も厳しい判決か

裁判に戻ろう。1審は誘拐犯の男に「執行猶予2年付きの死刑」。また、共犯の女に対しては、「無期懲役」を言い渡した。2人は内縁関係にあった。男はこの裁判の事案を含め、5人の子供を誘拐し、売っていた。女は全部で4人の子供をさらって、売ることに加担していた。

中国の裁判は、共産党指導部の意向を反映するケースが少なくない。中国社会にはびこる問題。映画にもなって注目を集めた事件…。そして社会に警鐘を鳴らすためにも、控訴審裁判でも、厳しい判決が出るだろう。

それにしても、我が子を探し続け、その思いが実ったとはいえ、24年間の空白はあまりに長すぎる。子供の環境も大きく変わる。親子の間、そして、それぞれの人生において「空白の24年間」は戻らない。父親は、メディアに犯人についてこう語っている。

「やつらは人間の顔をした悪魔だ」。

きょうは、中国で今も起きている乳児や幼児の誘拐、そして、さらった子供を売却するという事件から、中国社会の一断面を観察した。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。