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「不透明な2025年」を前に…日中外相会談をウォッチャーが読み解く

飯田和郎

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北京で日本と中国の外相会談が行われた。日本の外務大臣の中国訪問は1年8か月ぶり。日中2国間関係、それに国際情勢も複雑な要因が山積するなか、この年の瀬の外相会談について、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が12月30日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で解説した。

日中関係を重視した「新党さきがけ」の流れくむ外相

岩屋毅外相が先週、中国を訪問して、王毅外相(共産党政治局員)らと会談した。不謹慎な表現かもしれないが、「長い夏休みの最後の最後に、宿題を終えた学生」のような感じだ。日本と中国は2023年11月に韓国で行った外相会談の場で、2024年以降、外相が相互に訪問することで基本合意した。その合意は岸田政権の退陣・石破政権の誕生などで先送りとなっていたが、2024年の年内ぎりぎりに日本の外相が中国に行くことで、その相互訪問の約束を、双方が果たしたわけだ。

「宿題」に例えた訪中は、このタイミングしかなかったのだろう。岩屋外相は今回、臨時国会が閉幕した直後に北京に飛んだ。双方で決めたことを、ぎりぎりになっても履行していくことは、今後に向けて意義があるのではないか。

岩屋外相は王毅外相のほか、李強首相とも会っている。日本側の要望に応えて、中国側が李強首相への表敬訪問をセットした。日本との関係を前に進めたいという中国サイドの思いが伝わって来るのは、初めて対面した岩屋外相を、李強首相が笑顔で迎え、握手した場面だ。李強首相は会談で、岩屋氏をこのように評価している。

「日本のベテラン政治家として終始、中国と日本関係を重視されてきました。中国側は称賛の意を表します」

岩屋氏は1993年、「新党さきがけ」の結党に加わっていた。「さきがけ」は、のちに大蔵大臣や官房長官を務めた武村正義氏がリーダーだった。武村氏をはじめ「さきがけ」は日中関係を重視し、たびたび北京を訪れていた。岩屋氏はこの「さきがけ」の流れをくむ。

武村氏は、若き日の石破茂・現首相と連携していた経緯もある。その石破内閣で岩屋氏が外相という重要閣僚を務める。だから、李強首相は目の前の岩屋外相を、最大級の褒め言葉で迎えたのだろう。すべては、中国との経済関係を重視し、現実路線を歩く石破政権との間で、関係改善をしていこうという演出だ。中国のリーダーは、日本との関係が悪い時は日本の首相と握手しても目を合わせないことすらあった。わかり易いといえば、わかり易い。

日中ともビザに関する要望を叶えた

日中外相会談の中身を点検していこう。ワーキングランチを含めて、会談は3時間に及んだという。やはり、国際会議の際に、短時間行われる外相会談とは違い、じっくりと話し合える。岩屋外相は中国人向けの査証(ビザ)発給要件を緩和すると表明した。具体的には、中国人富裕層を念頭に、10年間有効のマルチビザを新たに設ける。また、団体旅行の観光ビザで日本に滞在できる日数を15日間から30日間に倍増する――などの緩和を実施する。

一方、中国政府も先月、日本人向けの短期ビザの免除を再開した。4年8か月ぶりのビザ免除措置の再開だった。このビザ免除再開は、日本側が中国にずっと求めていたもので、中国側が日本からの要請に応えた形だ。一方、中国政府は、中国人の日本訪問ビザについて取得要件を緩和してほしい、と日本側に要望し続けていた。

つまり、ビザに関して、中国はまず日本が望んできたことを実現し、次に日本も中国が望んできたことを叶え、誠意を示した――。そのようなキャッチボールがあった、というわけだ。この1か月の間に、日中双方がそういう成果を生み出したわけだ。日本は中国のお金持ちに、どんどん日本に来てもらって、どんどんお金を使ってもらいたいと目論んでいる。

一方で、このような統計数字もある。今年10~11月、中国国内で実施した世論調査によると、「日本への印象がよくない」と答えた中国人は88%に上った。昨年の調査では「日本への印象がよくない」と答えた中国人は63%だったから、わずか1年で25%も増えたことになる。ただ、このうち「日本を訪れた訪経験のある」中国人は56%が日本によい印象を持ち、逆に訪日経験のない97%がよくない印象を持っていた。

つまり、中国のマスコミ報道やネット情報にある悪いイメージの日本と、実際に体験した日本という国、日本人のイメージは違うわけだ。百聞は一見に如かず。富裕層に、日本でブランド品を買ってもらうことも大切だけど、富裕層に限らず「中国の皆さん、一度日本に来てみませんか。自分の目で見てください――」ということが大事。ビザの緩和で、双方とも経済、人的交流、そして互いの理解も拡大したい考えだ。

関係改善へと動き出したとはいえ不透明な2025年

とはいえ、日中関係は一足飛びに改善へ向かうとは、考えにくい。中国国内で複数の日本人が情報も乏しい中、拘束されたままだ。9月に深圳の日本人学校の男児が殺害された事件も、中国側は容疑者の動機など情報を開示していない。

福島第一原発の処理水放出による、日本産水産物の輸入解禁は見通せない。東シナ海の日本のEEZ(排他的経済水域)内側に、中国は複数のブイを設置しており、当然ながら日本は即時撤去を求めている。中国軍艦船による領海や接続水域への侵入は続いている。

難しい局面は続くが、一歩一歩、前に進めようということなのだろう。実は、日中間で外相が相手の国を訪問するのは、2023年4月に当時の林芳正外相が行なっており、2回連続で日本側が中国へ赴いている。これも、日本が中国に示した誠意なのだろう。

逆に中国外相の来日は4年前の2020年11月を最後に途絶えている。だから、今回の外相会談では、中国共産党の外交部門トップで、党の政治局員という重要ポストにある王毅外相が、来年の早い時期に日本を訪れることができるよう双方で一致した。

中国側には景気の低迷という背景も存在するのだろうが、日中間で、少しいいムードが生まれつつあるようだ。そうして間もなく2025年を迎え、年明け早々に、アメリカでトランプ氏が大統領の座に就く。

トランプ政権が再び発足するのに向け、日本と中国がじわりと関係改善へと動き出した形だ。中国側は自由貿易や、サプライチェーンの維持などに関して、日本と利害関係が一致するとみている。だから、日中間の懸案を巡って態度を軟化させ、日本へ接近している。片や日本も、それを巧みに活用できるはずだ。

2025年は、第二次大戦終結80周年。中国からすると、抗日戦争勝利80周年の節目に当たる。日本以上にネット社会が進んでいるともいえる中国で、反日的な世論が高まる可能性も潜む。不透明な1年が間もなく訪れる。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。