西鉄薬院駅から徒歩約5分。マンションやビルが立ち並ぶ一角に佇む「さめじま精肉店」。ガラス張りの精肉店の右手に通路があり、奥へ進むと端正な鉄板焼レストランが静かに迎えてくれます。
精肉店直営の飲食店は少なくないですが、ここでは未経産の雌牛を一頭買いするのが特徴。温度帯ごとに綿密に調整された鉄板で、手の感触を頼りに焼き上げ、旨味を余すことなく引き出すのがこの店の流儀です。アラカルトで気軽に楽しめる一方、記念日や接待にもふさわしい、まさに“ハレの日”に選びたい特別な一軒です。
カウンターに立ち、肉を焼き上げるのはオーナーシェフの鮫島太一さん。湯布院で祖父が始めた精肉店をルーツに、母の代には焼肉店を併設しました。その流れを受け継ぎ、2013年に福岡・平尾で鉄板焼レストランを開業。問屋を通さず、自らの目で選んだ未経産の雌牛を扱っています。現在は薬院へと場所を移し、精肉店と鉄板焼レストランという2つの顔を持つスタイルを築き上げました。
扉を抜けた先に待っているのは、コの字型のカウンターを据えた鉄板焼レストラン。磨き上げられた鉄板と洗練されたカウンターが調和し、照明を抑えた空間には静かな緊張感が漂います。どの席からもシェフの所作を間近に感じられ、少しずつ会話を重ねていくうちに、その緊張は次第に和らぎ、心地よい時間へと変わっていきます。肉が焼き上がる音や香りまでもが食欲を誘い、肩肘張らずに会話を楽しめる親しみやすさを備えながら、記念日のディナーや大切な接待の席にもふさわしい――そんな絶妙なバランスが、この店の魅力です。
鮫島さんが扱うのは、出産を経験していない雌牛のみ。脂の質が軽やかで繊細な口どけがあり、肉本来の旨味をしっかりと感じられるからです。さらに、流通過程で一般的に行われている真空パックによるシュリンク加工を避け、“ノンシュリンク”の状態で仕入れています。その理由は、シュリンク加工で発生する熱。「熱が入った時点で肉のポテンシャルが落ちてしまうんです」と、鮫島さんは語ります。細部まで追求した末にたどり着いたのが、ノンシュリンクの未経産牛なのです。
その肉を最大限に生かすのが、鮫島さんによる火入れ。鉄板の温度帯を細かく使い分け、低温からじっくりと熱を入れていきます。火加減の判断は、自らの手の感覚。肉に触れ、伝わる熱やわずかな弾力を確かめながら火の入り具合を見極めます。表面を一気に焼くのではなく、段階的に温度を移し替えることで、肉を縮ませることなく均一に火を通すのです。
こうして生まれるのは、やわらかな食感と豊かな旨味。とりわけ赤身の魅力が際立ち、一口目からしっとりとした肉質と奥行きのある味わいが広がります。「火を入れすぎず、けれどレアではない。その加減が大事なんです」と鮫島さん。ノンシュリンクの肉に鮫島さんの技が重なることで、唯一無二の味わいへと昇華されます。
料理は基本的にアラカルトでの提供です。「コース仕立てにすると食べ方や流れが固定されてしまうため、その日の気分に合わせて自由に楽しんでほしい」というのが鮫島さんの思い。肉を中心に据えつつ、一品料理や〆を組み合わせれば、オリジナルのコースを組み立てるように楽しめます。
また、時間を選ばず、2軒目に立ち寄って〆だけを味わうといった利用も可能。もちろん、接待や記念日にはコース(18,000円)も用意されていますが、あくまでも主軸はアラカルト。普段の夜にも気軽に立ち寄れ、ハレの日にも応える――そんな懐の深さが、この店を特別な存在にしています。
ではさっそく、料理を味わっていきましょう。まずは人気の一品「タンスープ」(1,800円)。じっくりと煮出した旨味が凝縮し、澄んだ味わいの中に深いコクが広がります。
続く「牛揚げ春巻き」(1,800円)は、サクッとした皮の中に肉の旨味を閉じ込め、香ばしさとジューシーさの対比が際立つ一皿です。
続いて登場するのは、この店の真骨頂であるステーキ。今回は、ミスジ(100g5,500円)とシンシン(100g5500円)を選びました。
ミスジは肩甲骨の内側に位置する部位で、きめ細かな肉質と濃厚な旨味が魅力。鉄板でじっくり火を入れることで、赤身ならではの奥深い味わいが際立ちます。
一方のシンシンはモモ肉の中心にあたり、しっとりとした口当たりと上品な香りが持ち味。噛むほどに旨味が広がり、余韻の長さに思わず唸らされます。
そして食事の〆には「牛丼」(1,200円)を。赤身肉を贅沢に使い、しっとりとした食感と豊かな旨味をご飯とともに楽しめる一皿は、シンプルでありながら忘れがたい存在感を放ちます。めざしたのは、朝から食べられる軽やかな味わい。肉を知り尽くした鮫島さんだからこそ生み出せる、渾身の〆の一品です。
「さめじま精肉店」は、精肉店直営の強みを生かしながらも、決して特別な日だけの存在ではありません。一品料理で軽く一杯、ステーキを中心に据えたディナー、あるいは牛丼で締める2軒目利用まで。シーンに応じて自在に楽しめる柔軟さこそが、この店の持ち味です。
一方で、選び抜かれた未経産牛をノンシュリンクの状態で仕入れ、火入れに心を尽くす姿勢は、まさに“ハレの日”にふさわしい品格を備えています。
日常と非日常の境界を軽やかに行き来しながら、一皿ごとに肉の真価を伝えてくれる「さめじま精肉店」。まさに唯一無二の存在感を放つ名店といえるでしょう。
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