生まれて初めてフランス料理を食べたのは、小学校高学年の時。何かの記念日だったかどうか定かでないが、当時小倉の魚町にあった洋食レストランへ、両親と1歳下の弟の4人で連れ立って行ったのだった。それまで洋食といえば、せいぜいデパートの大食堂にある「お子様ランチ」くらいしか食べたことがなく、まさに未知との遭遇。父親などは、あらかじめ「テーブルマナー入門」の本を買い込んで予習をしていた。僕もその本を盗み見て、「食べ終わったナイフとフォークは右手前に揃えて置く」「スープはスプーンで手前から奥に掬い、決して音を立ててはならない」といった基本を頭に叩き込んでテーブルに着いた。緊張のあまり料理の内容はまったく憶えていないが、昭和の時代においてはまさに「ハレの日」の食事だった。
随分と後になって知ったのだが、当時そのレストランを運営していたのが「千草ホテル」。現在はメインダイニング「ミル・エルブ」で、本格的なフレンチのフルコースを提供している。
ホテルのロビーを抜けた一番奥のスペースにある店内は、こぢんまりとした瀟洒な雰囲気。壁面にはジャスパー・ジョーンズや浜田浄など、国内外アーティストの現代アート作品が飾られ、目を愉しませてくれる。
この日はランチタイムに6,600円のフルコースを注文し、1品目のオードブルは「帆立と里芋のテリーヌ ザクロソース」から。コンソメのジュレを長ネギで巻いたテリーヌの周りを色鮮やかなエディブルフラワーが取り巻き、何とも華やかな一皿だ。鮮やかなピンクのザクロソースの酸味がアクセントとなり、スパークリングワインが口中をスッキリとさせてくれる。
2品目にスープが出てくるのも、僕が小学校の時に学んだ伝統的なフランス料理の流儀だ。最近では懐石料理などの影響でコースの順番もフレキシブルな店が多い中、こうしたオーソドックスなスタイルは逆に安心感がある。現シェフの向野祐介さんは、「ミル・エルブ」初代料理長で"エスコフィエの弟子" の称号を持つ山縣厚氏の薫陶を受けた料理人。伝統的なフランス料理の調理法を忠実に守りながら、独自の感性を生かしたモダンなフレンチを提供している。
この日のスープは「カリフラワーのポタージュ」で、裏ごしされたポタージュの上に粗く切ったカリフラワーが浮かび、その食感が心地いい。
魚料理は新鮮な玄海産の真鯛を使ったポアレ。下に敷かれているのは濃厚なオマール海老のアメリケーヌとサッパリとした柑橘系のソースで、それぞれに真鯛の持ち味を引き立ててくれる。キリッと冷えた辛口のシャブリとの相性は、言わずもがなであろう。
メインの肉料理は3種類から選べ、「博多和牛と蓮根のカツレツ」をチョイスした。カツレツは明治時代に日本で生まれた洋食といわれているが、蓮根を挟み揚げにすることで、カラッとした衣、柔らかな牛肉、サクッと歯応えのある蓮根の三層構造に。醤油ベースのジャポネソースで食べれば、これがまた赤ワインによく合うのだから不思議なものだ。明治以降、先人たちが築き上げてきた日本の洋食文化を凝縮したような一皿である。
今回はあえてオーソドックスなフルコースを注文したが、「シェフおまかせコース」(11,000円~・前日15:00まで要予約)も用意されている。こちらは向井シェフが厳選した食材を組み合わせたイノベーティブな料理のラインアップで、より現代的なフレンチが味わえる。
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