器用、不器用というベクトルでは測れない、持ち前のセンスで突き詰めていく。
無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム[40歳からのやんわり無化調]。前回は、福岡市博多区千代にある「煮干専門 あたふた」を紹介した。
今回、筆を取ったのは、福岡市中央区舞鶴に店を構える「OLSEN(オルセン)」について。「OLSEN」はいわゆる麺屋ではなく、多国籍料理の店だ。ただ、2024年5月15日の開業以来、幅広い料理を提供する中で、定期的に麺料理をリリースしている。例えばタイのソウルフードであるカレーヌードル「カオソーイ」、日本的イタリア料理の代名詞ともいえる「ナポリタン」、またある時には豚骨を丁寧に炊き込んでスープをとった「塩ラーメン」というように、店主・郷田純一さんの引き出しは広く、一期一会の麺料理との出合いを楽しみにしているファンも多い。
料理人・郷田さんの頭の中を覗いてみた。
「結果として今は多国籍料理の店みたいになっていますが、最初からそういう店を開きたいと思っていたわけではないんですよ」。郷田さんはそう言って、やさしく笑った。紆余曲折を経て、行き着いたのが今日のスタイル。そんな「OLSEN」の現在に触れる前に、なぜそうなったのか、開業前夜までの紆余曲折について記しておきたい。
地元・福岡の大学を卒業後、郷田さんが就職したのはソフト開発やシステム運用を手掛ける企業だった。配属されたのはシステムエンジニアの部署。最終的に3年間働いたが、ずっと頭にあったのは「いつか飲食店をしたい」という夢だったと郷田さんは振り返る。
「大学時代、福岡市内のタイ料理の店でアルバイトをしていたんです。その時に初めて飲食の世界に触れ、それからですね、ああ、飲食業って好きだなと思ったのは。僕が大学生の頃、福岡ではカフェシーンがとても盛り上がっていて。その中でも、ソネスさん、ダーラヘストカフェさんに通い、とても影響を受けました。働いているスタッフ、店舗のデザイン、出される料理、全てがキラキラと輝いて見えて、こういう店をしたいなと憧れていました」
すぐにでも飲食の世界に飛び込んでみたい郷田さんだったが、大学に通わせてもらった両親への感謝の気持ちも強くあったため、その思いを無視することはできず、社会人になろうと決意。こうして冒頭のとおり、システムエンジニアになる。
ただ、システムエンジニアでの仕事を続ける中でも、飲食業への思いは募るばかり。ちょうど3年経ったタイミングで辞表を出し、「やるからには日本の中心で徹底的に揉まれたほうがいい」と考え、何の当てもないまま、単身、上京した。
とはいえ、飲食業で働いたのはタイ料理店でのアルバイトのみ。ほぼ未経験者という経歴だったが、幸運なことに、東京・代々木のイタリアンに社員として採用され、郷田さんは飲食業での実質的な一歩を踏み出した。
できる限り色々な店舗で経験を積みたいという考えから、その後も貪欲に修行先を求めて行動した郷田さん。イタリアンを皮切りに、ポルトガル料理店、デリの製造販売やカフェの運営も手掛ける全国展開の食料品会社、鮮魚店にも勤めた。さらには、空いた時間にタイ料理の教室にも通い詰め、アジアの味も自分のものにすべく、吸収する。東京時代では、最終的に虎ノ門のビストロに勤務。その店ではシェフと郷田さんの2人で厨房を回すような営業体制だったため、郷田さんはシェフの片腕となってがむしゃらに働き、店を支えていった。
福岡に戻ってきたのは、最初に勤めたイタリアンの先輩から「独立して福岡に店を出すことになった。料理長として腕を振るってほしい」と誘われたのがきっかけだ。
ところが、料理長として働き始めた矢先に、店側の諸事情により、勤務継続が困難となってしまう。再び東京へ戻ることも考えたが、地元・福岡で働こうと腹を括り、それまで学んでこなかった中華料理の世界に身を投じる。中華では、タイプの異なる2軒の店で働き、その後、箱崎にあるワインバーのオーナーからの厚意で約1年間、間借りで営業。2024年に晴れて「OLSEN」の開業に至る。
「OLSEN」を開くにあたり、郷田さんがコンセプトに掲げたのが「食堂」だった。はじめに「食堂」という2文字を聞いたとき、正直に言うとあまりピンとこなかった。ただ、郷田さんと話しているうちに、なるほど、そういうことかと得心する。郷田さんが言わんとしていたのは、“一汁一菜”のような定食を提供する昔ながらの食堂ではなく、その愛され方、在り方を意味していた。肩肘張らずに、ふらりと寄れる。地域に密着していて、いつ来ても安心感がある。そういう店にしたいと目標にした。
郷田さんがサービスから調理、酒類のサーブまで一人でこなす“ワンオペ”の店にしたのも、料理していても隅々まで目が行き届くような店舗規模にしたのも、最寄り駅のある表通りから遠からず近からずの程よい距離感のロケーションを選んだのも、全ては、柔軟に、そして確かに自分自身の思いが伝えたかったからだ。
産地にこだわらず、柔軟な観点でセレクトしたナチュラルワインやクラフトビール。「特に予約制の夜コースはお酒に合う味付けで構成しているので、お1人様2杯以上飲んでもらえたらとお願いしています」と郷田さん。「お料理によっては純米酒を提案することもありますよ。気になる方はぜひ自由に試してみてください」
こうして誕生した「OLSEN」で提供される料理は、今現在の郷田さんにおける集大成。イタリアン、タイ料理、中華料理、そしてポルトガル料理といったように、これまでの経験が詰め込んである。ジャンルに囚われない自由な料理たち。一見すると器用な料理人にも映るが、本人は苦笑いしながら、「全然、そんなことはないです。器用か、不器用かと言われたら、絶対に後者です」と否定する。
不器用なんてことはないだろうと思いながらも、その言葉を何度も噛み締めているうちに、確かにそうかも、と納得してきた。
なぜなら、確かにスパイスによるアレンジなど、その料理に合わせてアレンジが施されたものはあるが、どの一品も気を衒った、突飛なものではなく、食べてみて思わずにやけてしまうような驚きと感動を添えてくれる料理ばかりだからだ。
夜のコースの一例。一番人気のシュウマイ。リピーター続出のOLSEN流フライドポテト。
「料理を作る。その前段階には必ず食材があります。僕の中で決めているのは、明るい美味しさを備えた食材を使うこと。明るいというのは、難解ではないという意味です。世の中には、うーん、と考え込んでしまうような複雑な美味しさというのもありますが、そうではなく、多くの人にとって分かりやすい、伝わりやすい、例えばそれを口にした時にパッと表情が明るくなるような、そんな美味しさが自分は好きですし、選びたいと思っています」
夜のコースの一例。手詰めの自家製ソーセージ。その時々の旬を詰め込む春巻き。
そういう考えが根底にあるゆえに、郷田さんの料理における組み立て方は、必然的にシンプルになる。食材についても、可能な限り、その生産者を訪ね、時にはその仕事を手伝い、五感で食材への理解を深めようと心掛けてきた。枚挙にいとまがないが、野菜は福岡県桂川町「古野農場」、豚肉は鹿児島県鹿屋市「ふくどめ小牧場」、麺は福岡県宗像市「山田製麺」といったように、自然派の生産者たちの名前が連なる。
定期的にリリースしている麺料理はもちろん、料理全般においても無化調。その理由についても「食材本来の味わいを生かそうと思えば思うほど、余計なものは入れたくなくなりますよね。味わいがぼやけてしまいますから。自然とそうなった感じです」とさらり。
取材時に食べた「幸福豚のラグー・ビアンコ」は、開業時から高い頻度で登場する郷田さんのスペシャリテだ。幸福豚の旨みをダイレクトに届けたいという考えから、トマトは未使用。まさに“白いミートソース”というビジュアルに仕上げた。
酸味が入らないことで肉の甘みが強調されたラグーソースを、平麺の生パスタが絡めとる。モチモチとしながらもピラっと薄い形状が軽やかな後味を残す平麺のパスタと、粗挽き仕立てにした幸福豚のゴロリとした食感のコントラストが気持ちよく、食べれば食べるほど、食欲が沸いてくる一品。思わずワインを追加するお客が後を絶たないという。
幸福豚のラグー・ビアンコ。パスタの内容はその時々の食材によって変わるため、一期一会の出会いを楽しんでほしい。
「食材本来の味わいをストレートに出したい。余計なものは省く。そういう方針ですが、だからといって、全く手を加えないのも違って。自分が調理する理由、意味を考えたとき、食材の魅力を最大限に引き出すのが役目ですから。そのバランスが難しいし、楽しいんですよね」
郷田さんは39歳でこの「OLSEN」を開業した。飲食業を夢見て24歳でこの世界に入って以来、およそ15年の間に、実に様々な場所、店、業態に身を置いてきている。ただ、そんな紆余曲折があったからこそ、他の誰でもない、どことも似ていない、郷田さんらしさという“骨格”ができたのだと思えた。
近道が果たしてその人にとって最良なのか。ぼくは遠回りが一様に無駄だとは思わない。「OLSEN」のように、一言で言い表せない個性的な店は、郷田さん曰く「不器用な男」だったからこそ、作り上げられたのだ。
多国籍料理という言葉でさえ、もはや窮屈に思える。郷田さんの自由な表現は、器用、不器用というベクトルでは測れない、持ち前のセンスに帰属しているのだから。これからも郷田さんは“OLSEN料理”を突き詰めていく。
夜のコースやランチの内容はその時々で随時、入れ替わっていく。現在、夜の「おまかせコース」は前日までの予約制で、予約がない日にはウォークインでのアラカルト営業をしている。この秋から予約なしで楽しめるランチもスタート。パスタを含めた麺料理はディナーの締めやランチに不定期に登場するので、ぜひ郷田さんのインスタグラムをチェックしてみてほしい。
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