お客様が一時的に減っても良い、やる価値があったと思っています
無化調麺をぼくなりのペースで追い求めていく本コラム。前回は中央区の「OLSEN(オルセン)」を紹介した。
年内最後の一本、どこで書こうか。そう考えていた時、ふと思い出したのが春日の「かなで食堂」だった。本連載の第2回で登場した「ラーメン かなで食堂 春日本店」。実はその春日店が前代未聞のリニューアルを果たしたのだ。その模様をお届けする。
店主・松尾龍太郎さんが「かなで食堂」を開業したのは2011年。打ち出したのは“濃厚豚骨スープ”の豚骨ラーメンだった。
「豚骨ラーメンはすでに博多、もっと言うと福岡にしっかりと根ざしている状況の中、これから新規で店を開拓しようとした場合、絶対に差別化を考えないといけないと思っていたんです。創業半世紀以上の老舗が今でも現役な福岡では豚骨ラーメンを選んだからには工夫が必要だなと」
松尾さんの年齢は当時、30台。頭によぎったのは、一抹の不安だった。
「決して若いという年齢でもなくなっていたので、流石に新規開業の際のリスクは軽減しておきたいと考えたんです。当時、周りを見渡しても、醤油や塩といった、いわゆる非豚骨のラーメンは圧倒的に少数派でした。さすがにチャレンジできなかったんです」
一方で豚骨ラーメンのリングに上がれば、もちろん競争は苛烈ではあるものの、同時に福岡のソウルフードゆえにある程度のベースは築けると、松尾さんは思案した。
その後の躍進はここで今一度書くことも不要なほど。「自分のことを昔からラーメン職人ではなく、ラーメン“料理人”だと表現、説明しているのは、ラーメンを麺料理であり、スープ料理でもあると捉えているからです。自分が生み出すラーメンに、料理人として責任をもちたいという気持ちが強くなっていきました」と、開業から3年後には無化調ラーメンへ大きく転換し、麺も自家製に変えた。こうして東比恵、多の津、天神といったように支店も増えていく。
時は流れ、2025年6月下旬。ぼくのもとにも「かなで食堂」リニューアルの知らせが流れてきた。新しい屋号は「創作白湯 かなで食堂」。創作白湯とはどんなスープなのか。松尾さんに訊ねてみたところ、拍子抜けの返事が返ってきた。
「実は、変わったのは屋号くらいで、実際のところ、ラーメン自体の味の構成はほとんど変わっていないんですよ」
衝撃の事実だ。店名がちょっと変わっただけで、ほとんど何も変わらないリニューアル。こんな例、他に聞いたことがない。
「ただ」と言って、一呼吸し、松尾さんは「豚骨ラーメンではない、と宣言できることで、本当に私たちの心は軽くなりました」と続けた。
濃厚豚骨を掲げて営業していた頃は自然と豚骨ラーメンらしく在らねばと思っていたのだという松尾さん。例えば豚骨ラーメンに欠かせない要素だとされる替え玉、麺の硬さの指定。これらに対応するたびに「本当はしたくないなと思っていたんですよ。麺の茹で具合は、やっぱりそのラーメンを作る料理人が誰よりもベストの加減を知っていると思うんです。替え玉も、すでに温度の下がったスープに茹でたての麺を入れるというのに抵抗がありましたし。もちろん、ラーメンは提供した時点からお客様のものなので、どのように食べてもらっても良いんです。でも、作る立場としては、複雑な思いでした。今は替え玉はやめて大盛りの対応に。茹で加減の指定も受けないように変えました」と教えてくれた。
スープについては元々、複雑さを出すために豚骨のほかに鶏ガラでとったスープも合わせていたので、こちらは中身については変更がない。ただ、提供直前にブレンダーを使って撹拌し、しっかりと乳化させた泡仕立てのスープにする演出が加わる。そんな看板商品「鶏とん白湯そば」は濃厚豚骨の頃と印象そのままだ。「濃厚とんこつラーメン」から名を変えた「鶏とん」のほか、「とまとんこつ」を「トマト白湯」に、「担々麺」は名称そのままに、リニューアル後は商品構成を整理している。
料理人としての後ろめたさから無化調に一新した松尾さんにとって、新メニューを検討する際にも発想が自由になったという。
「豚骨ラーメンの冠がついたままだと、まず豚骨ラーメンらしさから外れるとすごく違和感を与えてしまうようで、この春日本店で限定をやると全体的にそこまで響いていないんです。逆に豚骨の足かせがない醤油、塩が主体の東比恵で限定を出すと行列ができるほどになって。せっかく無化調でしっかり仕上げたスープを土台に限定をブラッシュアップしているのに、そういう先入観で損をしたくないとは思いますね」
屋号のみの変更を果たした新生「かなで食堂」。お客さんの反応は、まだまだこれからだと松尾さんはいう。
「正直なところ、豚骨時代に比べて、お客様は減っていますね。ただ、それでも良い、やる価値があったと思っています。料理人として自分が嫌なことはしたくない。もっと自由に、これからもラーメンを作っていきたいんです」
小さな、小さなリニューアル。ただ、そんな小さな違いが、長く続ける中で大きな差を付けることを松尾さんは知っている。
「変わったといえば、麺が少し太くなりました。以前は豚骨といえば細ストレートという方程式があったので、そう用意していたんですが、今は中太の少し平麺気味のものにしています。今のラーメンこそ、私の最高傑作です」
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