STANDART は、ヨーロッパ発で世界108カ国で読まれているコーヒーカルチャーマガジン。年に4回季刊誌として発行されており、過去には「ベスト・コーヒーマガジン」および「ベスト・ヨーロピアン・インディーマガジン 2023」に選ばれた、世界中のコーヒー愛好家に支持されており、2015年の創刊以来年4回の季刊誌として14,000人を超える読者のもとへ届けられている雑誌だ。
そんなSTANDARTは現在、世界向けに英語版と日本語版が発行されており、今回はその日本語版編集長を創刊時から務めている福岡県春日市在住の室本寿和さん、通称トシさんがなぜこの仕事をするに至ったのか、また、トシさんは現在「Basking Coffee 春日原店」の店長業務も担っており、「Basking Coffee」との出会いやその経緯をお聞きしながらトシさんの人生と今後の展開について聞いてみた。
STANDART マガジンについて
― 雑誌「STANDART」についてご紹介してもらえますか。
トシさん STANDARTは、「誰もが美味しいコーヒーを楽しめる世の中になってほしい」という思いからスタートしました。2018年、2019年、2021年、2023年にはベスト・コーヒー・マガジン賞を受賞し、現在は多様で魅力あふれるコーヒーの世界を伝える独立系の雑誌として活動しています。スペシャルティコーヒーの文化を軸にしながら、歴史や社会、環境、科学、文化など、扱うテーマは幅広く、一杯のコーヒーをきっかけに、世界の見え方が少し変わるような読みものを目指しています。「コーヒーの種から一杯のカップまで」の旅路を描く中で、書き手それぞれの個性や知性に、美しいビジュアルやデザインが寄り添い、ページをめくるたびに安らぎや静かな高揚感を感じてもらえるような雑誌でありたいと考えています。
― コーヒー業界人に向けた専門誌ではないのですか。
トシさん 違いますね。私たちにとってコーヒーは、ただの飲みものではありません。日常を少し豊かにしてくれたり、自分自身や社会と向き合うきっかけをくれたりするもの。ふと立ち止まって、深呼吸するような時間をもたらしてくれる存在だと思っています。コーヒーを取り巻く人やモノ、コトには、まだあまり語られていない物語がたくさんあるはずです。STANDARTは、そうした一つひとつに光を当てていきたいと思って作っている雑誌です。もちろん、コーヒーに関わる専門家の方にとって役立つ内容も入っていますが、それだけではなく、純粋にコーヒーが好きな人たちに広く楽しんでもらえるものにしたいと考えています。
北九州に生まれオーストラリアへ
STANDART日本語版編集長のトシさんは1984年3月に北九州市門司区に生まれ。現在41歳。福岡の飲食業界で個性的で元気が良いと言われているいわゆる1983年組だ。
― トシさんは海外生活も長く英語も堪能ですが、そもそも海外への興味はいつからあったのでしょうか。
トシさん 高校2年生の夏休みに母親に勧められて学校主催の交換留学で1ヶ月間ニュージーランドに行かせてもらったんです。その時に楽しかったんでしょうね。海外って良いなぁという気持ちが生まれました。
― その後、大学時代に留学されたりしたのですか?
トシさん いいえ。大学受験で失敗したんですよね。勉強が嫌いだったのと、大学で何かやりたいことがあったわけでもなかったので。その時に高校生の時に行ったニュージーランドでの日々を思い出して、大きな目標があったわけでもなく逃げるように日本を離れることに決めました。海外に行く資金を貯めるために1年間、小倉リーガロイヤルホテルなどで配膳人のアルバイトをして、2003年に語学留学という形でオーストラリアのパースに行きました。
― 日本から抜け出したいという気持ちからそこまでいったのですね。
トシさん そうですね。1年パースでの生活を経過した頃に、日本に帰っても英語が少しできるくらいではどうしようもないなと思い始め、通訳や翻訳の仕事ができるくらいの英語力を身につけたいと考えるようになりました。それで2年目は、ブリスベンで専門学校に通って通訳の勉強を始めました。さらに3年目にはメルボルンに移って翻訳を学び、オーストラリアの翻訳国家資格をとりました。
― すごいですね。資格まで取ったらその道の仕事に向けて準備万端ですね。しかし就職は日本国内だったんですよね。
トシさん 当時のオーストラリアでは、日本語の通訳や翻訳の仕事はあまりなかったので、とりあえず日本で就職でもするかと思い帰国することにしました。お金がなかったので帰国費用を稼ぐために、洋梨のフルーツピンキングの仕事を数週間したんです。
― その時に「Basking Coffee」店主の榎原圭太さんと知り合ったという話ですね。以前、榎原さんからお聞きしました。
トシさん そうです。農園で働いて1週間くらい経ったある日、オーナーから「トシ、アルバイトに来る日本人が道に迷っているので電話代わって道案内をしてくれ」と言われて話したのがケイタでした。彼は今から世界一周をするんだというちょうどスタートの時でした。将来こんな関係になるとは全く想像もしてませんでしたが、同学年で福岡県出身だということですぐに仲良くなりました。
― 人生を決める出会いですよね。そしていよいよ帰国ですね。
トシさん 2007年3月にとりあえず北九州市の実家に帰ってすぐに就職活動をしました。とにかく英語を使う仕事を福岡市内で探して帰国後2週間くらいですぐに見つかったのが、様々な取扱説明書をいろんな言語に翻訳する会社でした。小倉のアルバイト時代の友達が福岡市に住んでいたので、しばらくはシェアハウスをしていました。その後博多では5年ほど働きました。
コーヒーとの関わり
トシさん オーストラリアにいた3年間でカフェに通う生活スタイルが身に付いて、博多で仕事を始めても昼休みに通えるカフェはないかと探していたら、清川に「ハニー珈琲」があったんです。そこに通い出して数年経った頃、「見習い」という名札をつけた見覚えのある男がいたんですよ。「ん??」と見ていたら、むこうから「え?トシ?」と声かけてきたんです。そうです、オーストラリアのフルーツピッキングの時のケイタだったのです。
― これまたすごい再会でしたね。
トシさん それからケイタとは頻繁に会うようになり、コーヒーや興味のある本、そして人生についてなど、いろんな話をするようになりました。
― その頃の博多での仕事は順調でしたか?
トシさん 英語で取扱説明書を作る仕事は楽しかったのですが、1年くらいで飽きてしまって(笑)、会社に「翻訳家になりたいので辞めたいです」と話をしたんです。そうしたら会社から「だったら社内で翻訳の仕事があるので、そこの部署でやったら良いよ」と配置換えしてくれたんです。さらにしばらくすると今後は「デザインの仕事をしたいのなら」と配置換えをしてくれたり、それも「飽きました」というと新しい仕事をさせてくれる会社でした。そしてある日、「オランダ駐在の仕事があるよ」と提案してくれたんです。
― 素晴らしい会社じゃないですか。トシさんが仕事が出来た上に好奇心が強かったから重宝されたのでしょうね。
トシさん 辞めようかなと思う度に新しいことをさせてくれて嬉しかったですね。見方を変えると、ただ流れに身を任せていたことにもなりますが。ということで2012年4月にオランダ駐在の人事異動をうけて6月からオランダに行きました。
― 今「Basking Coffee 春日原店」で一緒に働いてる奥様もオランダに住んでいたとお聞きしましたが。
トシさん 実は日本にいた時から同じ社内で働いていまして付き合っていたんです。僕がオランダに赴任する時に婚約して、1年後に結婚してオランダで一緒に生活することになりました。
― オランダでの新婚生活、素敵ですね。オランダでの生活はいかがでしたか。
トシさん 取扱説明書を多国言語化するという仕事は変わりませんが、オランダではクライアントと直接交渉したり、ヨーロッパは翻訳業界の最前線でもあるので最先端の技術や知識を吸収できやりがいはありました。海外でのオフィス仕事は初めてだったので、なかなかハードでしたがそれでも楽しかったです。休日は妻や友人たちと近隣の国に遊びに行ったりプライベートも充実していました。
― 「Basking Coffee」創業前の榎原圭太さんが、夫婦でトシさんのオランダのアパートに遊びに来たこともあると聞きました。
トシさん 「Basking Coffee」は2014年に創業ですからね、2013年だっと思います。ヨーロッパでもスペシャルティ―コーヒーがさらに盛り上がりを見せていた頃でしたね。僕もずっとコーヒーファンとしてカフェに通っていたのでケイタとはコーヒーの話はしていましたね。
雑誌STANDARTとの出会い
― 雑誌STANDARTはどこで知ったのですか。
トシさん 2015年頃にオランダのカフェで見つけた一冊のコーヒー雑誌が創刊したばかりのSTANDARTでした。すごく興味を惹いたので定期購読を始めました。その時は単に読者としての関りでした。2016年にオランダで第一子が誕生した頃から、このままオランダでずっと仕事をしていくのかなど、その後の人生を考えるようになっていたんです。そんな時にSTANDARTの日本語版が創刊されるという記事を見つけました。あ、これかも!!と思いすぐに編集部にメールをしたんです。この雑誌に関わったら楽しいことがあるかもしれないと思ったんです。すぐに返事が来て、オランダに住んだまま日本語版創刊に関わる仕事が出来そうだったんです。本業ではなく、アルバイトや趣味でもよいのでこの雑誌に関わりたいという気持ちでした。
― さすがの好奇心と行動力ですね。
トシさん 翻訳のお手伝いをさせてもらえることになって少し経った頃に、元々日本語版の創刊を担当していた方が辞めたらしいんです。すると「トシがいるじゃないか!」と会社のトップで話が出てきたんです。すぐに当時オーナーが住んでいたチェコのプラハに呼ばれて面接になって、2016年12月に正式にSTANDARTに参加し、今回はこの流れにのってみようと思い決断しました。実は、2015年にBasking Coffee創業後のケイタに「日本に帰ってきて一緒にBasking Coffeeで働かないか?」と誘われたことがあったんです。その時は一旦断ったんですが、その後もそれを決断できなかったという気持ちがずっと心のどこかに引っかかっていました。
シカゴにてオーナーマイケルと同僚のマヒラと
― それまで働いていたオランダ駐在の会社はどうしたのですか。
トシさん 会社に相談をして、副業しながら2017年6月に退職することになりました。日本語版の創刊が2017年2月でしたので、それまでは、昼間は従来の会社の仕事をしながら夜にSTANDART創刊の準備という超ハードなダブルワークでした。東京での創刊パーティー時には、週末2日間でオランダと東京をヘロヘロになりながら往復したりしていました。
日本版創刊パーティー時
STANDART日本語版編集長として帰国
― いよいよ帰国ですね。
トシさん オランダ駐在の会社を退職して2017年6月に帰国しました。妻の実家がある春日市に住んで日本語版編集長の仕事をしました。
― 日本語版編集長の仕事とはどのようなことをするのでしょうか。
トシさん 3カ月に1回発行されるSTANDARTですが、業務は多岐に渡ります。コンテンツの制作では本国で作られた記事の日本語訳や日本版オリジナルの取材記事制作、広告の営業やマーケティング活動もあります。日本全国のコーヒーイベントに出店してSTANDARTを知ってもらう活動や、本をコーヒー店や書店に置いてもらう卸売営業、SNS等での広告や運用など。本国チームとのコミュニケーションも欠かせません。よかったなと今でも思うのは、それまでコーヒー業界にいたことがなかったので、逆に業界の偉い方やすごい人たちにも躊躇することなくフラットに付き合えたことです。いろんな交流を増やせることに繋がりました。
― 帰国後しばらくして「Basking Coffee千早本店」でお店のスタッフとしての仕事もはじめてましたよね。
トシさん 雑誌の仕事をする中で、もう少しコーヒー店の気持ちを分かりたい、コーヒーについて勉強したいと思い、ケイタに頼んで働かせてもらいました。
コロナ禍の中「Basking Coffee 春日原店」オープン
トシさん 2020年春からコロナ禍が始まり、取材や編集などはオンラインでも出来ましたが、STANDARTの営業で全国に行くことが出来なくなりました。もちろんイベントなども開催されないし。逆に自由な時間は増えたので家族との時間に使っていましたね。
― 家族以外と集まるのも周りの目が厳しかったですものね。
トシさん あちこち外出するのもはばかられる時代、近くにコーヒー店が少なくてコーヒーを楽しむことも難しい日々でした。そんな時に「時間はあるんだけど、近くにコーヒー店がなくてコーヒーも楽しめないんだよね」とケイタに話をしたら「じゃあ、うちで店を出す?」と言ってきたんです。
― でた!!さすが榎原さん(笑)ひょーひょーとすごいことを決める人だわ。
トシさん 妻に相談したら一緒に働きたいと前向きな返事が来たのでケイタの話に乗ることにしました。それから物件探しですよ。あちこち見て歩き、2ヶ月で今の物件を見つけました。ちょっと広すぎないか?家賃大丈夫か?とか思ったのですが、「うん、ここならやれるだろう」とケイタが即決しました。
春日原店OPEN時のトシさん
― さすが榎原さん。そして2021年4月「Basking Coffee 春日原店」オープンですね。
トシさん はい、それから千早本店に夫婦で通ってバリスタへ向けてのトレーニングがスタートしました。店舗オープンの準備は手探り状態の中で進めましたので結構きつかったですね。
― しかし、2015年に榎原さんに誘われて6年後にその提案は新店オープンとして実を結んだんですね。2人の運命的な友情にあっぱれです。
今後のSTANDART JAPANについて
― STANDART JAPANについてトシさんの気持ちを聞かせてください。
トシさん 僕は今でもSTANDARTのファンなんです。コーヒーはカルチャーと言えばカッコはよいのですが、現実は、仕事としてコーヒーに関わっている人やオタク的にマニアックにコーヒーにこだわっている人、または単純に日常的な飲み物としてのコーヒーを愉しんでいる人もいると思います。STANDARTはそんな人たちに向けて、コーヒー好きが作るコーヒー好きのための雑誌でありたいと思っています。
― 仕事に飽きることで次の仕事にトライしてきたトシさんですが、現在の仕事をどう思っていますか。
トシさん STANDARTやコーヒーに関われていることに幸せを感じています。いままで、翻訳、印刷、デザインなどの仕事をしていた単なるコーヒー好きな男だったのですが、その経験のすべてが今役に立っています。コーヒー店長としてはローカルな立場で、STANDART編集長としてはグローバルな立場でコーヒーに関われているんです。それはまさに天職だと思っています。
― STANDART日本語版編集長として今後の計画を聞かせてください。
トシさん もちろん日本での事業拡大にもっと取り組みたいです。コロナ禍以降は定期購読の雑誌販売という形がメインになっていますが、コロナ禍前のようにイベントへの出店を行ったり、全国のコーヒー店を廻ったりする必要があると思います。コーヒー業界や読者にもっと近づいたところで仕事が出来るように戻したいと考えています。原点回帰ですね。そしてもっと若い世代にアピールできるように頑張ります。
― 電子媒体がすっかり定着した時代になってますが、紙媒体であるSTANDARTとしての優位性をどう考えますか。
トシさん もちろん電子媒体はとても便利ですが、私は「形としてそこにあるモノ」に大きな価値があると思っています。感じ方は人それぞれですが、モニター越しの情報がどうしても無機質に感じられがちな今の時代だからこそ、モノとして手に取れ、自分との距離が近く感じられる紙媒体の体験には意味があると考えています。たとえばコーヒーを飲むひとときくらいはスマホを置いてモニターから離れ、自分自身の考えに向き合ったり、誰かとの会話を楽しんでほしい。STANDARTは、そんな時間やきっかけを生み出せる存在でありたいと思っています。そのために、紙の質感には特にこだわっていますし、写真もフィルムで撮影することで、「紙に印刷してこそ伝わる表情」を大切にしています。また文章についても、紙に印刷されたものは簡単に修正がきかないからこそ、その時代や時間の空気感を切り取り、紙に残す意味のあるものを発信していきたいと考えています。私たちの会社には「インスピレーションや会話を生まない記事は、載せる意味がない」という方針があります。これからもその精神を大切にしながら、STANDARTをつくり続けていきたいですね。
― これからも週2回くらいは「Basking Coffee 春日原店」に立ちながら、全国いや海外にも行ったり来たりのお忙しい日々が続くと思いますが健康に気を付けて頑張ってください。ついに“飽きない仕事”を見つけたトシさんのやる気が伝わるお話し、ありがとうございました。またお店に会いに行きますね。
店名:STANDART JAPAN
住所:福岡県春日市
URL:https://www.standartmag.jp/
「Basking Coffee 春日原店」
https://www.instagram.com/basking.kasugabaru/
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