一部の関係者しか食べることができなかった、伝説の一皿が帰ってくる。
東区馬出にかつて存在した「とり料理 犬丸」。九州大学、そして福岡県警察関係者の“指定席”のような存在で、一般客は原則お断り。その関係者ですら何度も通い、顔と名前を覚えてもらって、ようやく予約ができる。そんな店だった。
以前の店舗の外観
創業は昭和39年ごろ。犬丸晃さん、道子さんご夫妻が切り盛りし、名物は鶏モモの「オイル焼き」。唐揚げ、水炊き、ご飯、漬物まで含めたコースのみで、量は多く、残すのは厳禁。それでもビールを飲んで2,000円ほどという破格さもあり、常連は後を絶たなかった。
しかし2024年11月、突然の閉店。
高齢となったご夫妻の体調を気遣う声は以前からあったものの、その知らせはあまりに唐突だった。店じまいの日、「もう、疲れました」と語ったおばちゃんの一言は、60年という年月の重みを物語っていた。
以前の店舗の内観
この味を何とか残せないか。
そう動いたのが、長年の常連であり、食品メーカー「山口油屋福太郎」の山口智太郎さん(通称ヤマトモさん)だった。実は両家には、50年以上前から不思議な縁があったという。スパイスの調達を巡り、山口家の先代が犬丸を支えていた過去。その記憶が、今回の復活プロジェクトを静かに後押しした。
幾度もの話し合いと試行錯誤を経て、犬丸の味は“継承”されることになる。ただし、再現は容易ではなかった。30年継ぎ足しで使われていた煮汁、独特な骨盤半裁の捌き、膨大な仕込み時間。人件費や安定供給を考えれば、従来通りは不可能。それでも、できる限り本家に近づけるため、調理工程や焼き方を一から再構築した。
今回の取材では、ヤマトモさん自らが、かつての調理法を再現してくれた。
まず「オイル焼き」が出たら、紙で巻かれた先端部分をすぐ外し、ねじるようにして切り取る。時間が経つとコラーゲンで外れにくくなるためだ。続いて皮を外すと、驚くほどパリパリ。この状態で、秘伝の“赤いタレ”につけて食べるのが犬丸流だ。
このタレは、創業当初には存在せず、約45年前にインドネシア留学生が作ったという説もある。サンバルのような酸味と辛味があり、中毒性は抜群。ビールジョッキに入れ、割り箸が突っ込まれていたという豪快さも、犬丸らしい。
唐揚げも忘れてはいけない。提供された瞬間、鼻を抜けるマスタードの香り。チキンナゲットのソースをさらにスパイシーにしたような味わいで、こちらも記憶に残る一品だ。
そして2026年4月1日(予定)、天神テルラ6階に「犬丸」専用フロアが誕生する。
オイル焼き、唐揚げ、水炊き、ご飯、漬物のコースで、価格は5,000円前後を予定。かつての価格では実現できない内容だが、それだけ犬丸ご夫妻の存在が特別だったという証でもある。
60年分の記憶を背負った一皿。
それについては4月以降、改めてUMAGAで詳しくレポートする予定だ。楽しみに待っていてほしい。
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