西鉄平尾駅から徒歩約3分。細い路地が入り込む一角は、通称「平尾村」と呼ばれています。古い建物を活かした個性的な飲食店やショップが点在し、路地の奥や2階にも店がある立体的な街並み。それぞれが、この場所で静かに営みを続けています。
一人がやっと通れる細い路地を進むと、左手に小さな看板が見えます。その脇の急な階段を上った先にあるのが、2025年11月26日にオープンした『酒と魚 今尾』。扉の先は7席だけのこぢんまりとした空間です。
店主・今村翔一さんは37歳。中村調理製菓専門学校を卒業後、寿司店や和食店、居酒屋、焼鳥店などで経験を重ねてきました。独立にあたり、一人で無理なく回せる規模として選んだのが、この7.5坪の店舗でした。揚げ物は置かず、工程もできるだけシンプルに。手の届く範囲で、丁寧に仕立てることを意識した店づくりです。
訪れたのは冷え込みの厳しい日。席に着くと、まず温かいお通しが供されました。澄んだ出汁のやわらかな味に、体の芯からほぐれていきます。まずは温かいものを出す。そのささやかな心配りに、今村さんの気持ちがにじみます。
体が温まったところで、日本酒を一杯。合わせるのは、甘辛く炊き上げた「牛しぐれ煮」(900円)、釣り仲間の居酒屋店主から分けてもらった「かずさんのイカ塩辛」(480円)、みずみずしい食感が心地よい「セロリ浅漬」(450円)。肩肘張らずにつまめる3品です。
日本酒は熱燗が2種、冷酒が5、6種。刺身に合わせやすい銘柄を中心に、一般的に辛口とされる銘柄が多く並びます。一方で、あえて辛口一辺倒にせず、味わいの幅を持たせているのも特徴です。
「寒い時期は、熱燗がよく出ますね」と今村さん。伊万里の「松浦一」をはじめ、佐賀・鍋島にある「佐賀旭屋」から週に一度届けられる銘柄も扱っています。焼酎も、ほかではあまり見かけない銘柄が並び、知名度よりも味わいを重視したラインアップが印象に残ります。
こうした酒選びの根底にあるのは、日々向き合っている魚の存在です。
「魚をきちんと出したいんです」と今村さん。余計な手を加えすぎず、魚そのものの持ち味を伝えることを何よりも大切にしています。子どもの頃から魚の図鑑を眺め、釣りに親しんできた今村さん。父方の故郷は鹿児島・福山町。錦江湾を望む土地で過ごした夏休みの記憶が、今も原風景として残っているといいます。魚を知り、捌き、味わう。その積み重ねが、今の仕事の土台です。
魚の仕入れは、平尾の街に根づく鮮魚店「洞鮮魚店」へ自ら足を運びます。福岡や長崎など北部九州で揚がる天然魚を中心に、状態を見極めて選ぶ。選んだ魚をもとに、その日の品書きが定まります。
「まずは刺身を食べてみてください」と今村さん。そう勧められて頼んだのが「お刺身盛り合わせ」(1人前1,680円)です。仕入れによって内容は変わり、この日はサワラ、サバ、ヨコワマグロ、ハガツオ、マダイの5種。今村さんの目利きが、そのまま皿の上に映ります。
続いて「煮魚」(1500円~)。この日はカレイでした。丁寧に下処理されたカレイは、甘辛の煮汁が身にほどよく染み、箸を入れるとすっとほぐれます。添えられているのは、近くの豆腐店「豆藤」の木綿豆腐。魚の旨みを受け止める存在です。
「居酒屋としてやってはいますが、きちんと出汁を引くなど、丁寧な仕事を心がけています。和食店と居酒屋の間のような店をめざしています」と今村さん。刺身で魚の確かさを伝え、煮魚で仕事ぶりを示す。魚を中心に据えた店であることが、自然に伝わってきます。
7席という小さな空間だからこそ、店主との距離も自ずと近くなります。料理を待つ時間に交わす何気ない会話から、魚や酒の話が広がります。初めてでも身構える必要はありません。
席数は多くありませんが、その分、一人ひとりに目が届く。静かに杯を傾ける人もいれば、魚談義に花を咲かせる人もいます。思い思いに過ごせる穏やかな時間が、ここにはあります。
「闇雲にメニューを増やすのではなく、丁寧においしいものをつくりたい。お客様が望むことには、できる限り応えていきたい。そして、この場所で長く続けていけたらと思っています」。時間と材料が許せば、品書きにないものをつくることもあるそうです。
「魚の知識だけは負けません」と笑顔で語る今村さん。魚好きの店主が選び、向き合い、仕立てる魚が、この店の毎日を支えています。
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