
財津和夫、マリリン・モンローの後がマドンナならビートルズの後はチューリップ、と言われて取った行動は?
TULIP・財津和夫が、時には伝説のスターを振り返ってみるRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。2月1日の放送では、「永遠のセックスシンボル」マリリン・モンローと福岡との関わりについて時代を遡ってみます。
金髪はお嫌い?
この回の放送日から72年前の今日、1954年(昭和29年)の2月1日に、マリリン・モンローが来日しています。
下田「財津さん、モンローの映画ってご覧になりますか?ちょっと年代的にはお兄さんかな?」
財津「そうですね、うちの兄の時代でしょうかね」
下田「ああ、そうですか」
財津「だから、マリリン・モンローに対しては、子供の私でもあったわけ(※来日時は6歳の誕生日直前)ですから、特に男としての意識で彼女を見たことあんまりなかったかな。いい感じの女性だなぁと思わなかったもん」
下田「セックスシンボルというか、セクシーな女性というような扱われ方をしてちょっと不幸な部分もあったと思うんですけど、そういう意味での色気みたいなものは、マリリン・モンローからは感じませんでした?」
財津「東洋人じゃないからかな…あの頃、若尾文子とか、今もう名前忘れちゃったけどいっぱい日本の美しい女優さんいたじゃない。そういう人のほうが色っぽく感じてた」
下田「そうですか。私は逆に、そういうカテゴライズされた中で彼女本来の持って生まれた生来の寂しさとか満たされなさとか、そういったものとしての女性と捉えることがあったので」
財津「へえー(驚く)」

下田「作品も、テレビで再放送というか、再映されたものも『帰らざる河』とかちょっと切なく見てました」
財津「あぁ、そうなの。すごいね、女性と男性のマリリン・モンローに対する見方って違うね」
下田「そうかも知れません」
財津「違うよ。だって、女性がモンロー見てセックスシンボルと思わないもん」
下田「だから、かわいそうな、小さいときから愛が欲しかったっていう女性という見方をしてますけれどもね」
財津「地下鉄の風が吹いて、めくれてるスカートを押さえるっていう、あれが一番有名ですもんね、モンローっていうと」
下田「あれは『七年目の浮気』ですかね」
財津「その映画のワンシーンってことですよね」
下田「そうですね。そんなマリリン・モンローなんですけれど、福岡にも来ているんですね」
財津「福岡に来たんだ(少し驚く)」
下田「そうそう。1954年の2月8日から11日までの2泊3日、福岡に滞在しているという事です」
財津「へぇ、戦後9年目ってことですよね。日本は復興早かったとは言え、まだまだ戦後って感じだもんね」
ロイヤルのオニオングラタンスープ
下田「マリリン・モンローについて、財津さんは子供であった事などから、むしろ日本の女優さんのほうに魅力を感じていたということです。1954年1月、元大リーガーのジョー・ディマジオと電撃結婚して、新婚旅行を兼ねて2月1日に来日しました。当時、モンローは27歳だったということです」
財津「うわぁ、20代だったんだ」
下田「2月8日の午後7時35分、当時の板付空港に到着しています。現在はもうないんですけど、中洲の川沿いにあったホテルじゃないかと思いますが、宿泊した福岡市中洲の国際ホテルに世界的なスターを目当てに5,000人が押し寄せたんですって」
財津「うわぉ」
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下田「すごいですよね。今ならインスタとかXで、ワッと情報が拡散しますけど、当時はどうなんでしょう、新聞ぐらいしかないんでしょうけど。『どうやら来るらしい』という噂を聞きつけて、ということでしょう」
財津「すごいっすねー」
下田「ホテルの窓から身を乗り出して、カーネーションと投げキッスを振りまいたと」
財津「はー、カーネーション」
下田「なぜカーネーションなんでしょうね。ホテルが用意したんでしょうかね。そして、宿泊したホテル近くのロイヤル中洲本店で食事をされて、オニオングラタンスープを大変気に入ったと」
財津「ほう」
下田「その後3日間連続でスープを注文したという話が残っています。オニオングラタンスープ、今も人気メニューだということですよね」
財津「僕も好きですね、オニオングラタンスープ」
下田「ねえ、温まりますもんね。当時の2月も寒かったのかもしれません。そして、これ本当かなと思うんですけど、それほどの大女優さんが一人で車を運転して、西戸崎まで行ったそうなんですよ」
財津「はいはい。米軍基地があります(ありました)」
下田「そうそう、キャンプ博多。これを慰問してアメリカ兵に大歓迎を受けたということなんですって」
財津「うわ、アメリカっぽいな、この話」
下田「そうですよ。だから、私たちには新婚旅行として伝わってますけれど、もしかしたらその慰問をするということも目的があったのかもしれません」
財津「まあ、そうでしょうね」
下田「一方のジョー・ディマジオさんは、お留守番してるわけではなく、香椎球場で野球指導をしていたって。当時の大リーガー」
財津「香椎球場!」
(※かしいかえんの一角にその痕跡がありましたが、閉園後の区画整理に伴い最近なくなりました。)
下田「そして、福岡を離れた後は2月11日から15日まで広島や大阪を慰問に訪れて、大阪では病院の講堂で歌も披露されているということなんです。16日から19日はディマジオを(日本に)残して朝鮮戦争で駐留していた在韓米軍のために韓国を訪れているということで、氷点下の中、スパンコールのドレスで合計12回の野外ステージに立って。風邪ひきますよね、氷点下で。10万人の兵士の前で歌って大喝采を浴びたということなんです」
財津「12回も!はぁ、すごいですね、アメリカに貢献してますね、この人」
下田「そうですよ。だって、ケネディ大統領との熱愛もささやかれてますよね。あの『ハッピーバースデー(ミスタープレジデント)』の音声も今残ってます」
財津「『♫ハッピーバースデートゥーユー ミスタープレジデント(真似して歌う)』って歌がありますもんね」
下田「本当にそんな感じ」
財津「『もっと声出せよ』って言いたい感じですが」。
下田「いやいや、それがもうものすごくセクシーだったのかもしれません」
今日の一曲は、ビリー・ワイルダーが監督した1959年のコメディ映画、その主題歌です。マリリン・モンロー主演映画『お熱いのがお好き』から、マリリン・モンローが歌う『あなたに愛されたいのに(I Wanna Be Loved by You)』。
下田「財津さん、今日はマリリン・モンローについてお話ししました。西戸崎とか中洲にモンローが訪れたという話をしますと、私たちが身近な場所で様々な人が訪れているんだなって感じますね」
財津「そうですね。マリリン・モンローって、男性を悩殺するっていう意味で、もうこういうタイプの人は出てこないでしょうね。今でも男性を悩殺する代名詞はマリリンという事になっていますからね」
下田「そうですよ。アーティストのマドンナさんがモンローのような出で立ち歌を歌ったりとか、モンローの再来と言われるような女優さんはいますけど…」
財津「いるんだけど、時代の背景もあって、カリスマはもう一人(だけ)だ、みたいな。そのあと、それを凌駕しようと思っても難しいですよ」
下田「なかなか 難しいですね」
財津「ビートルズのあとは出ないもん。やっぱり」
下田「あら、ビートルズのあとはチューリップです」
財津「(ゴジラの鳴き声と口から火を吹く音を擬態する)」
下田「(笑)あ、ゴジラが火を吹きました。消しておきます」
次回2月8日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からの予定です。
「作曲の仕事」について、お話します。今度は、こぼれ話があるのでしょうか?!
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