
財津和夫、矢沢永吉の「CAROLはビートルズの前期、TULIPは後期」は本当に彼の言葉か都市伝説か
TULIP・財津和夫が、時には高校性の頃の事を振り返るRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。3月1日の放送では、TULIPとCAROLの思わぬ関係や、青春時代の流行ファッション、そして番組のポッドキャストについてなど、昔の思い出や番組の違った楽しみ方をお知らせします。
TULIPとCAROL
TULIPがデビューした1972年、矢沢永吉が結成したCAROLもデビューしています。
TULIPもCAROLも大好き、とおっしゃるファンから「財津さんにとってCAROLはライバルのような存在だったのでしょうか」という質問を頂きました。
財津「ときどき仕事場でも会ったりして、永ちゃん、とっても気さくな人で、好きでしたね。当時、新聞のコラムで、永ちゃんとユーミンのことを書いたことがありますよ。もちろん好意的にね」
下田「うんうん」
財津「永ちゃんは、今もそうでしょうけど、すっごい中からパワーが出てくるじゃないですか。僕なんか、グニャグニャした迷路を歩きながらポロッと外に出るような、なんかそんな嫌らしい感じがあるんですけど。永ちゃんは清々しい感じですよ。そういうキャラ、羨ましいなと思ってた。それからビートルズ好きっていうのも相通じてましたしね」
下田「ええー(驚)」

財津「永ちゃんのベース持って歌う感じがとってもカッコよかった。僕はあの頃の永ちゃんを知ってるから、ビートルズの雰囲気でなんか一緒にやれたらいいなとか思ったりするんですよ。もう近づけないですもん…本当にアマチュア時代、ビートルズが革ジャン着て、ワルな感じでやってたんですよ」
下田「ホント?!」
財津「そうですよ。そのあたりの(ビートルズの)雰囲気を、永ちゃんはやろうとしてたんじゃないのかな」
下田「まあ。じゃあ同じビートルズという好きな根源があっても、(TULIPとCAROLは)方向というか枝分かれしていった感じですね」
財津「これ、永ちゃんの言葉なんですけど、『僕らは初期、TULIPは後期だよね』って言ってました。ビートルズに対してね…心の蓋をどんどん剥いでいくと、奥底は同じところにいるような気がする。そんな勝手な思いがあります」
この後のお喋りで、下田アナが所望した財津と矢沢永吉の対談が過去にもあったかどうか、そして矢沢永吉が本当に「僕らは初期、TULIPは後期」と言ったかどうか、番組側でも調べてみましたがどちらも真偽はわかりませんでした。仮にビートルズへの比喩が都市伝説的なものであっても、ビードルズに対する両グループ共通のリスペクトと異なる音楽性から、言い得て妙な喩えではあります。
60年台と70年代のファッション
財津が高校に通っていた頃の周囲の雰囲気やエピソードなどへの質問のお便りを頂きました。
下田「当時、財津さんの高校時代っていうのは、どんなおしゃれがありました?」
財津「高校時代はズボンの裾が短いとか長いとか。それから、ラッパズボンとかいう言葉あったな」
下田「ああー、ベルボトム」
財津「ベルボトム。まあ英語にするとそうかもしれない。ラッパズボンですよ」
下田「流行りましたよ」
財津「女子も流行りましたね」
下田「流行りました。太めのベルトして、キャスケットっていう帽子被ったりとか」
財津「それって60年代半ばぐらいじゃないですか?」
下田「そうですね」
財津「え、その頃は高校生ぐらいだったの?」
下田「え、ちょっと待って。60年代は生まれたぐらいですよ」
財津「あ、すみません。じゃあ情報として知ってるってことか」
下田「70年代もその名残はありましたから。ちょっとサロペットっていうか、そういうズボンを履いたり。水森亜土さんがそんな雰囲気だったでしょ」
財津「ああ、なるほどね、はいはい」
下田「それで記憶にあったり、あと当時の映像見たりしてました」
財津「60年代後半に、アメリカでヒッピーとかフラワー・ムーブメントがあって…ミニスカートはツイッギーっていう人が初めて履いたっていうこと聞いたことあるんですど…確か60年代中盤以降。イギリス人なんで…ビートルズの影響でミニスカートにしたわけじゃないでしょうけども。あの当時、ビートルズのおかげでイギリスが世界のまるで文化の中心のような輝きを放ってましたから」
下田「音楽しかりで。ビートルズとツイッギーさんはその時代を象徴するセットになってる気がする」
ミニスカートをツイッギーが初めて履いた、というのは残念ながら俗説らしく、ツイッギーがモデルとしてデビューする前からミニスカートは存在していたようです。

財津「若い頃は、街歩いててもあんまり女子とかあんまり気にならないんですよ。若いからかな? よくわかんないけど。今はもう街歩いてても風景とか見ません、女子しか見てない」
下田「溌溂としてるな、って感じで」
財津「それが僕のエネルギーの源だって自分に言い聞かせながら、だから自分はいやらしいと言われてもいいんだ、と」
下田「いいんだ(笑)」
今回も、財津自身のおしゃれ話にはなりませんでした。女性(のファッション?)を鑑賞するのが相変わらずマイブームのようです。
今日の一曲は、財津和夫『急行の止まる街』。1992年(平成4年)発売の財津和夫のソロアルバム『もうひとつの愛』に収録されています。
ちょうど3年前にもこの曲をお聴き頂きましたが、その時の放送終了後の財津本人のこぼれ話では「東急線二子玉川駅のデパートの屋上からの景色があまりに綺麗だったのでモチーフとした」との事でした。
radikoとPodcast
(放送エリア外の)東京在住の方から「RKBラジオは聴けませんが、radikoニュースで番組の一部を文字にしたものを読んで雰囲気を想像していました」とのお便りを頂きました。
財津「いい感じですね」
下田「ありがとうございます」
財津「僕もこの番組が文字になっているのをスマホで見たり読んだりしたことあるんです。なんかすごくイメージが沸く。これ書いた人うまいなー」
下田「プロデューサーですね」
財津「分かりにくく喋った私の言葉をちゃんと補填して、上手に伝わるようにしてくれてるんで。その補填がものすごくお上手だなと思って。身内を褒めてもしょうがないんですけど、これ結構好きで読んでるんですよ」
お便りの続きです。
財津「『先日、番組を1ヶ月まとめたポッドキャストを見つけました。嬉しくて一気に聴いてしまいました。(中略)下田さん、楽しい方ですね。これからは、ポッドキャストで拝聴しますね』…ポッドキャストって言葉初めて聞きましたけど…まとめて(1か月分聴けるんで)ね、がっつり」
下田「福岡・北部九州以外の方はRKBラジオは流れていないんですけど、スマートフォンの『radiko(ラジコ)』というアプリで、ちょっといくばくかお支払いいただかなければならないんですけど、『radikoプレミアム』というのがあります。そうしますと全国のラジオを聴けるようになります」
財津「そうなんですね」
下田「はい。あと、東京にお住まいでも北海道にお住まいでも、この番組をお聴きいただいている方がいらっしゃるんですが、この番組以外の部分も掲載しているのがそのPodcast(ポッドキャスト)です。ちょっとこぼれ話とか放送でカットした部分も含まれたものです」
次回3月8日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からの予定です。
ステージでの姿について、お話します。
radikoとPodcastの補足説明

番組のエンディングで慌てて説明したため、「radiko」と「Podcast」の違いや特徴が分かりにくくなってしまいました。「radiko」は日本国内のラジオ放送をリアルタイムにインターネットで配信するサービスやそのスマホアプリの事で、無料版と有料版があります。それぞれ聴取可能な放送局(エリア)や過去に遡って聴ける期間が違います。
「Podcast」はアーカイブにストックされているトーク番組を聴くもので、基本的に聴取期間の制限はありません。なお、『虹の向こう側』のPodcast版では、昨年10月以降の過去の放送1か月分をそれぞれまとめてありますが、番組を放送する際にカットした部分も含めてほぼノーカットで2人のお喋りをお聴き頂けます。
radikoでもPodcastサービスが始まったため、ややこしいのですが、もともと別々のサービスですので、その違いをご理解の上お楽しみください。
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