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テニスか福祉か。犠牲にする人生!?

暮らし
佐賀県・基山町の病院内で、21人の作家さんの創作活動を支えている施設「PICFA(ピクファ)」。そこで絵を描いているのは障害者の方々。2017年に立ち上げた施設長の原田啓之さん(47)は「お兄さんが知的障害を持っていることがきかっけ」で福祉の道に進まれたそうです。原田さんは実は高校生の時にテニスで日本一になったほどの実力の持ち主。本人も周りの家族もテニスで進学し人生を歩んでいくのだろうと思っていたそうです。しかし、幼少期から過ごすお兄さんとの生活や、それを支える両親が苦労する姿を頭に浮かべるにつれて、自分のやりたいことは福祉だと思い始め福祉系の大学に進学することを決意するのです。それに対して両親は猛反対。母親とは取っ組み合いのけんかになるほど。その理由は母親の「自分の人生を犠牲にする必要はない」という言葉でした。兄弟に知的障害があるということが理由で、原田さんが人生を福祉に捧げるのは親として認めがたかったのでしょう。簡単には言えませんが、僕自身がご両親の立場だとしても同じ思いを頂くと思います。子どもの命をこの世に生み出したのは自分自身なのですから。

人生を犠牲にするのではなく、やりたいことが福祉なのだ

当初の思いを今でも貫き活動を続けている原田さんは、「犠牲」ではなくお兄さんの人生を「肯定」的に捉えているのではないでしょうか。上記の言葉から、私は原田さんの強い意志と広く柔軟性ある価値観を感じました。

アーティスト養成所ではなく、社会とのつながりを生む場所

PICFAで作業を行う作家さんは驚くほど絵が上手。皆さん絵を描くことが好きで、好きだからこそ続けられるし技術も上がる。そう言う原田さんは1人1人に気を配り声かけはするものの技術の指導は一切していないそうです。原田さんが芸術家ではないこともその理由かも知れませんが、絵を描くことはあくまで社会とのつながりを生むための媒体であるという考えがあるからです。PICFAに入るには2週間ほどの体験期間があるのですが、その時から必ず自分で使った筆は自分で洗うことを決まりとしています。その理由は「筆を洗うことができようになれば、自宅で箸を洗うこともできるようになる」という原田さんの信念があるからです。「できないこと」と決めつけるのではなく、「できること」を起点とする発想です。原田さんは利用者の送迎も行いません。公共交通機関での移動が難しい方もいるのですが、「失敗から学ぶ」ことを重要視しているのです。その甲斐あってか、引きこもっていた人が人前でライブペイントを行ったり、ワークショップの講師として200人以上の前に立ち、挨拶や説明ができるようになったりしているのです。手を貸すことはいつでもできるけれど、できるようになるまで待つ姿勢。それを聞いて私は自分の子育てを少し反省しました…。ついつい先回りしがち。明日から待ってみようと思います。できるかな…。

関係人口を広める

取材の途中で原田さんからは衝撃的な言葉もありました。

「障害者の方のお葬式は、ご遺体だけがポツンとあるという寂しい状況も多いのです」

多くの障害者の方の未来がそうならないためにも原田さんは企業や団体とのコラボデザインなど様々なジャンルの仕事を取ってこられるように日々奔走しています。PICFAに在籍している間に、利用者に多くの方とのつながりを作っているのです。直接ではなくとも絵や筆を通してとれるコミュニケーションもあります。まさに「できない」ではなく「できること」を起点とした関係づくり。

世の常として、一般的に人生の終わりは親が先に迎えるものです。

「障害がある我が子を残して先立つ親の不安」

その思いを少しでも払拭するという思いも原田さんの中にある大きな目的のひとつとなっています。

この日の取材後。会社へ戻り、原田さんから伺った話を同年代の女性スタッフにしたところ、僕が想像もしなかった「女性ならではの思い」が返ってきました…。「その施設があるのなら、妊娠している女性は安心して出産を迎えられるかもね」。彼女は続けて言いました。「母親は妊娠した直後から喜びと同じくらいの不安を抱えている」。僕には2人の息子がいます。「喜びと表裏一体の不安」を漠然と考えたことはありましたが、言葉で聞いて初めて脳に衝撃が走りました。妻への感謝と自分の無責任さと反省、さらには広く深い「PICFA」の存在意義の気づきが猛スピードで脳内に降り注いで、理解が追いつくまでに時間がかかりました。命の誕生から終わりまで、すべての受け皿となる「PICFA」には多様性の神髄を感じました。

PICFAとは?

施設名の「PICFA」はPICTURE(絵画)とWELFARE(福祉)のどちらかだけだとバランスが崩れるという考えをもとに作られた造語。原田さんは、障害者の方々が文化的な仕事ができることを立証し、それが社会ともつながるように作家さんの仕事を組み立てているのです。

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