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「香港のナワリヌイ」たち…さらに過酷な法律整備へ

飯田和郎

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ロシアの反体制派指導者、ナワリヌイ氏が獄中で急死するという衝撃のニュースが伝わった。強権的な政治体制といえば、ロシアだけでなく香港でもその動きが進んでいる。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長は2月22日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、「多くの『香港のナワリヌイ』たちが牢につながれ、自由を奪われている」と指摘した。

進む香港の「中国化」

ナワリヌイ氏は3月のロシア大統領選挙を前に、プーチン政権にとっては目障りともいえる存在だった。当局は死因について「突然死症候群」と説明し、遺族に遺体を引き渡さない。世界中の多くの指導者、市民はだれもそんな死因を信じない。

誰もが思い起こすように、ロシアではプーチン大統領に異を唱える人々が、不自然な死に方をするケースがあまりに多い。「消された」と考えるのは当然だろう。独裁者が専制的な体制を敷くことに強く抗議したい。私たちは同時に、より民主的な社会を築いていけるよう、一人ひとりが努力しなければならない。

強権的な政治体制、といえば、香港でもその動きが進んでいる。そして多くの「香港のナワリヌイ」たちが牢につながれ、自由を奪われている。これまで繰り返し話してきたように、習近平政権のもと、香港では「中国化」が進む。特に顕著なのが、治安維持のための法律の整備だ。

最近の話では、民主化運動の象徴だった周庭(=アグネス・チョウ)さんを、香港警察は今月、指名手配した。容疑は「香港国家安全維持法」違反。周庭さんは留学先のカナダで亡命の意思を示したが、香港警察は「自首しなければ一生追いかける」と宣言した。

国安法を補完する「香港国家安全条例」

その香港国家安全維持法、通称・国安法は2020年、習近平指導部の肝いりで制定された。香港で「反中国」的な、民主化要求運動が相次いだことが背景にある。

2019年に始まった香港での大規模デモを振り返ろう。刑事事件で拘束された容疑者を中国本土に引き渡せるようにする条例の改定に反対する動きがきっかけだった。香港政府は条例改正を撤回したものの、次第に反中国的な民主化デモに発展した。周庭さんのように、西側に出国すれば、当面は身の安全が保たれる。ただ、民主化運動に対する影響力は限定的になる。難しい判断だ。

香港当局はこのほど、さらなる民主化運動の封じ込め、治安強化のための法律の整備に着手した。「香港国家安全条例」と呼ばれるものだ。香港政府は先日、この国家安全条例の制定手続きを開始すると発表した。

その「香港国家安全条例」とは、ひと言で言うと、2020年にできた「香港国家安全維持法」、通称・国安法を補完する、水が漏れないように穴をふさぐものだ。国安法は主に、国家の分裂や転覆を図る行為が取り締まりの対象になる。たとえば、機密を盗み取る行為などを取り締まる。また、外国組織が香港において行う「政治的とみなされる活動」に対しても、摘発強化などが盛り込まれるようだ。

反中国活動は「外国勢力が干渉・介入し、導いた」

中国共産党の考え方として、中国本土、それに香港においても、自分たちの考え方と相容れない行動は、「西側の国家、つまり外国勢力が干渉・介入し、導いたからだ」という思いがある。香港での「反中国活動」も、西側が扇動してきた、と考えている。

だから、習近平政権のいう、民主化への意思を持つ香港の人たちが、外国メディアや外国人と接触したり、情報を交換したりすることも「機密を盗み取る行為(=スパイ行為)に該当する」と認定される危険性があるかもしれない。そして、処罰の対象になりかねない。

そうなると、外国メディアがこれまでのように、香港で取材活動を行うことも、この「香港国家安全条例」違反とされ、香港の社会統制は一段と強まる可能性は十分ある。外国のNGOの活動も規制を受けるかもしれない。香港政府トップの李家超(ジョン・リー)行政長官は、香港国家安全条例をつくるにあたって「香港の内外には国家安全上のリスクが存在する」「だからこの条例が必要性なのだ」と強調した。長官は「できるだけ早く、法案可決を目指す」とも宣言している。

このジョン・リー長官は、中国共産党の忠実なイエスマン。警察官僚出身で、香港での反政府デモを封じ込めてきたことで、習近平政権が高い評価を与えてきた。2年前の就任時から、この国家安全条例の制定を公言していた。

志を曲げていない人々が獄中に

「香港国家安全条例」に先立ち、制定された「香港国家安全維持法」が2020年に施行されて以降、これまで約300人の香港市民が、この法律に違反したとして、逮捕された。アメリカのワシントンに拠点を置くNGOで、Hong Kong Democracy Council(香港民主委員会)という人権擁護団体がある。このNGOによると、逮捕者を含め、反体制活動などで収監された、香港市民のいわゆる政治犯は1000人を超えている。

力づくで民主派を抑え込む。さらに法律的根拠をもたせる条例をつくる――。おそるべき事態だ。今も収監されている香港市民の中には、香港の日刊紙「アップル・デイリー」の創業者、ジミー・ライ氏もいる。香港の民主派を言論で支えてきた重鎮だ。別の裁判の判決によって、服役してから3年が経過しており、氏はすでに76歳だ。

最も注目される香港国家安全維持法違反の裁判は、昨年12月に始まった。ジミー・ライ氏がオーナーだった「アップル・デイリー」が行った中国当局に批判的な報道について、検察は「これは扇動的な刊行物の発行だ」とみなしている。また、「国際社会は中国政府を制裁すべき」と新聞で訴えたことについては、検察は「これは外国勢力との結託だ」と決めつけている。

この「アップル・デイリー」はすでに2021年6月、それまで26年間の歴史に幕を下ろし、廃刊となっている。

また、冒頭に紹介した周庭さんと並んで、著名な学生リーダーだった黄之鋒(ジョシュア・ウォン)さんも、国安法などで有罪判決を受け、現在は収監中。彼はまだ27歳の若者だ。周庭さんのように海外に逃れる者。香港に残っても口をつぐみ沈黙を強いられる者。そして、過去の民主化要求運動が有罪と断定され、服役する者もいる。

刑に服した者には、自らの行動を罪と認めた者もいる。言葉ではそう表明したが、心の中はどうだろう。認めざるを得なかったのだろう。ロシアで不審な最期をとげたナワリヌイ氏。ロシアだけではない。香港でも、志を曲げていないはずの人々が獄中にいる。私たちはそれを、忘れてはならない。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。