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松尾潔・上川外相の「女性がうまずして」発言に「政治は言葉」と指摘

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自民党の上川陽子外務大臣が静岡県知事選の自民推薦候補の応援演説で「この方を私たち女性がうまずして何が女性か」と発言し、その後撤回した問題について音楽プロデューサー・松尾潔さんは「言葉を軽視している。政治は言葉」と指摘した。

「女性は産む機械」発言を思い出す

今日の番組の「News Line Up」のところでも紹介されましたが、上川外務大臣の週末の発言についてです。念のために申し上げますと、静岡県知事の知事選挙に応援演説に行かれまして、「私達女性がうまずして何が女性でしょうか」と発言されました。

これについて賛否両論あったんですが、賛の部分でいうと「いや、特に生みの苦しみとかっていう言葉は男女関係なく使う言葉じゃないか」ということですよね。否の方で言いますと、「いやいやこれは女性蔑視だ」と。

あれは2007年ですかね、当時の柳沢厚労相が、「女性は産む機械」と言ったことがあり批判を浴びました。たしか大臣の座を降りるというところまでいったんじゃないかと思います(正確には辞任せず安倍改造内閣発足による退任)。

あれを思い出した方が、ある年齢以上の方に多いのではないかと思います。あの時は、柳沢厚生労働大臣が男性でしたから、すこし変な言い方になりますが、当時の世論が分かりやすく「女性蔑視」というふうに落ち着いたような気がします。

ですが、今回は上川さんが女性であるということ、そしてその発言をした場が、街頭演説とかではなく、地元の静岡市で開かれた女性支持者たちが出席する集会で、そこで出た発言であったというのがポイントだと僕は個人的には考えます。

女性の生殖機能ありきの発言だったのは明らか

上川さんを擁護する立場の人からすると、「これはあくまでも知事を誕生させると言っていることであって、子供を産むと言っているわけじゃないじゃないか」「マスコミの切り取りだ!またか」みたいな話がありますが、さきほどお話したように、女性支持者たちが出席する集会であるとか、そういったいくつかのことを冷静に挙げていきますと、やっぱり女性の生殖機能それありきで、そこに着目して上川さんが言ったことは明らかだと思います。

というのは逆に「そうじゃない」という前提で考えると、この話はシンプルに「自民党が推薦する候補者に投票しないと、あなたたちは女性ではないですよ」と言ったことになるので、もっとひどい話になってしまうわけです。この「女性」という言葉が「男性」に置き換えられるかとか、もしくは「女性」「男性」以外に置き換えられるかということを、一つ一つ考えていくと対照実験のように明らかになっていきますよね。

翌日に彼女はこの発言を撤回しましたが、撤回した際「女性パワー」という言葉を連呼していました。「私が衆議院議員になったのも女性パワーのおかげだったので、今回も女性パワーで」と言っているんですが、これ逆に「女性」であるご自身が「女性パワー」と連呼して、今、知事選で彼女が推薦しているのは「男性」であることを考えると、また話が難しくなっちゃって。あえて冷静に申し上げると、「大臣、お認めになってはいかがですか」「ちょっともう無理筋でしょう」という感じですね。

知事選まであと1週間ということで「炎上を早めに手を打って防止しておこう」「これ以上引っ張りたくない」と思ったのかどうか分からないですけどね。

「政治は言葉」、丁寧に言葉を選んでほしい

上川さんといえば以前にもこのコーナーで取り上げたことがあるかと思いますが(2024年2月6日放送)、麻生さんが、次期総裁、自民党総裁に推す対象として、彼女の容姿のことを色々と言ったという時に話しましたけども、あのとき上川さんは割と流す感じで、大人の対応として済ませようとしたけども、「いやそこはちゃんと一つぴしゃっと言うべきだったんじゃないか。抗議すべき」とあの時僕は申し上げました。

こういうことがいくつかありますとやっぱり「言葉を軽視しているんじゃないかな」というふうに見受けられます。だって「私達女性は」という主語で話しているなかで、「うむ」という言葉、これ何の漢字を当てるかでずいぶんと皆さんの解釈も分かれると思うんですが、それにしても「女性」という大きな主語の中で、「それをしないのは女性ではない」というこの言い方はやっぱり恣意的なイメージの誘導だと思います。

「出産するというジェンダーは女性だけである」という、前提は明らかだと思うんですね。いざとなってそこを追求されると「いやそんなつもりじゃなかった」というのは、その言葉の背景にあるような、いわゆる先入観ですとか偏見とかそういったことを軽く考えてらっしゃるんじゃないかなという気がします。

僕はこの件だけじゃなくて、常々申し上げていますけども、「政治は言葉」だと思いますし、もっと言うと民主主義というのは本質は言論だと思うんですね。我々、言葉を重ねることによって例えば国内のお話もそうですけれども、諸外国との付き合い、この言論を重ねることで丁寧な外交ということを、平和的な決着地点というのを見つけようとしているんだけども、それを失敗したら戦争になっちゃうわけですよ。

だから言葉を大切にすると思えない方を大臣ですとか国のトップにいただいたりするというのはどうなんだろうと不安も生まれます。未来の初の女性総裁候補として名の挙がる彼女だからこそ、今回はもっと丁寧に言葉を選んで欲しかったなと思いますね。

属性をジャッジして発言を問いただす冷静な態度

今回いろんな解釈があって、ある種興味深いなと思って見ていたんですけれども、一つの表現でも誰が言うか。いわゆる属性が違うと問題が生まれる場合と生まれない場合はそれはありますよ。

これは例えば「男性が生みの苦しみって言ってもいいじゃないか」と彼女を擁護する人もいましたが、「女性である上川さんが、女性の支持者がほとんどである場でこういうことを言った」という、個別の問題としてその属性をジャッジして、彼女の発言を問いただすという極めて冷静な態度が今僕たちに求められていると思うんですね。

「これを奇貨として」と最近よく言っていますけども静岡の知事選が、静岡以外の方々にとっても、ちょっと注目を浴びることになりました。

なぜこれが注目を浴びるかというと後に控える衆議院選挙などの前哨戦として大きな意味合いを持つということだったり、外務大臣が地元に帰ってこれだけ熱弁を振るったということの背景を読み解くという意味でも、今回のこの一件というのは我々に大きな問いかけを与えてくれたような気がします。

期せずしてこの福岡のRKBラジオで静岡県の知事について語ることが最近増えてますが、本当に言葉を大切にしたいものだと改めて思いましたね。

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