PageTopButton

袴田事件から考えるメディア・市民のあり方…谷口真由美が提言

radiko podcastで聴く

静岡県で一家4人が殺害された事件の再審で袴田巌さんの無罪が確定した。自白偏重の捜査や裁判所の問題が指摘される中、法学者の谷口真由美さんは10月14日、RKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』に出演し、警察・検察の問題点やメディア、市民に求められる姿勢について語った。

袴田事件と狭山事件の共通点

袴田事件に関連して先日、時事通信が「7割超えで自白を有罪の証拠にした」という記事を出しました。「殺人罪で有罪確定後に、再審で無罪が言い渡されたのは、戦後少なくとも18件20人に上って、このうち7割を超える13件の15人は、自白調書が有罪の有無、証拠とされていたことが分かった」というものです。

「自白偏重の捜査や、それをチェックできない裁判所の問題が表れている」ということなんですが、代表的な例として、狭山事件の石川一雄さんのケースがあります。狭山事件とは、1963年に女子高校生が殺害された事件です。強盗殺人罪で無期懲役が確定して、現在仮釈放中で再審請求している石川一雄さんは85歳になるんですが、逮捕されてもう61年が経っています。

この事件、石川さんが被差別部落の出身であったことから、部落差別事件とも関わっているということで、九州でも大きく報道されたと思います。この背景にあるのが取り調べの問題なんですね。石川さんはまだ無罪が確定していませんから、まだ戦いが続いているということを理解しておいていただきたいんですが。これに対して向き合わなきゃいけないのは、実はわれわれ市民側であるということを今からお話しします。

進まない“取り調べの可視化”

結局、自白偏重主義になったのは、犯人を何としてでも見つけようとする、警察のメンツみたいなところが大きくて、その後、容疑者がほぼ100%有罪になるという検察のあり方があって、一部、問題視はされてきたけれど、ずっと大きな声になってこなかったんですね。

ようやく今年、取り調べの可視化ということで法律ができました。例えば大阪でも、業務上横領容疑で逮捕起訴されたプレサンスコーポレーションの元社長の無罪が確定した事件があります。

この事件では、威圧的、侮辱的な言動を一方的に続けた取り調べがあり、検察組織の姿勢を厳しく批判されました。取り調べの可視化はなかなか進まなくて、密室で行われて、時に暴力的に、時に取り調べのときに「カツ丼喰うか」みたいな場面をドラマで見たことがあると思うんですが、あれも自白を促す一つですよね。

狭山事件の石川さんも「罪を認めたら懲役10年ぐらいで帰ってこれるから認めとけや」みたいな感じで認めさせられて、結局無期懲役の判決が出ているわけですよ。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事事件の原則は、実はローマ法の時代、紀元前の400年以上前から言われていますが、実際には守られてきていません。

EUではもうやっていない手錠腰縄

日本の刑事事件で他に問題なのは手錠腰縄ですね。刑事被告人は、法廷に入る時まで手錠と腰縄をつけられているんですが、手錠って前でするので手のひらが内側になるんです。そうすると歩くときにどうしても前かがみになってしまうんですね。

だから昔の市中引き回しみたいな感じに見えると思うんです。罪を犯していなくても屈んでしまうので「悪いことして申し訳ありません」みたいな態度に見えるんです。EUとかはもうやらないんですよ、法廷での手錠・腰縄なんて。裁判をするときは外すんですよ。

刑事被疑者であったとしても、人権はあるし、ましてや冤罪事件だった場合、その人を「明らかに犯人である」という姿を見せてしまうんですね。そうやって私達が目の印象で「手錠・腰縄をされている人間は悪い人間だ」みたいに思ってしまうという問題があります。「何となく悪いやつ」というイメージを持つことによって、世論も有罪判決に持っていくみたいなところがあって、そういうことが非常に怖いのです。

メディアに課せられた姿勢

私も今、メディアを通じて話しているので自戒を込めて言うと、やっぱりメディアがそこに一緒になって大きく事件を報じているという問題があると思います。昔で言えば「夜討ち朝駆け」と言われて「スクープ取ってこい」ということを、ものすごく強要された時代がメディアの中にもありました。最近はそうでもないということは聞いていますけれども。

それと、警察発表をそのまま信じてしまう、そのまま報じてしまうきらいがあって、きちんと精査をすることなく、まず「これが悪いやつじゃないか」みたいなイメージをものすごく植え付けてきた装置であったこともあると思うんですね。

ですので、やっぱりメディアに出る側の人間とか、大きな情報を扱う側の人間が「疑われている人の人権とか人格を否定するようなことがあってはならない」というのが、自分たちに課せられている、メディア人として課せられていることかなと思います。

第2の袴田さんを出さないために

リスナーの皆さんにも考えていただきたいんですが、法学って勉強すれば、いかに抑制的に法を使わなきゃいけないかということを学ぶんですね。例えば、疑わしきは被告人の利益に、もそうですけれども、「なんかあいつ悪い奴、あいつ犯人や」みたいなことを短絡的に考えないようにしないといけないです。

例えば、メディアや警察発表の写真がものすごく嫌な顔をしているときを撮られていることがありますが、「いやいやちょっと待てよ」と。「この人、本当に何かやった人なんかな」というのを立ち止まって考える目というのを皆さんも養っていただきたいなと思います。

大川原化工機事件とか、いろんな事件が今でもやっぱり自白偏重のもと出されたものがありますので、そういったものに注目もしていただきつつ、一旦立ち止まって「この事件って何だろう」と考えていただきたい。

報じる側も、「ちょっと待てよ」と一呼吸置くみたいなところは非常に大事かなと思います。袴田さんのような方を今後出さないためには、ただ検察とか警察が悪いとかそういうことを言っているんではなく、私達市民が気をつけなきゃいけないこと、メディアの皆さんが気をつけなきゃいけないこと、いろんなことがあるんじゃないかなというのが今日のお話です。

◎谷口真由美
法学者。1975年、大阪市生まれ。2012年、政治談議を交わす井戸端会議を目的に「全日本おばちゃん党」を立ち上げる(現在は解散)。元日本ラグビーフットボール協会理事。専門は、人権、ハラスメント、男女共同参画、女性活躍、性教育、組織論、ジェンダー法、国際人権法、憲法。

この記事はいかがでしたか?
リアクションで支援しよう