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APEC首脳会議の習近平主席「トランプ氏再登場」を意識した言動目立つ

飯田和郎

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11月15~16日、南米ペルーの首都リマで、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議が開かれた。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が11月18日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で、この会議に出席した中国・習近平主席の言動から、中国の現在を読み解いた。

石破総理との会談で見せた習近平氏の「融和ムード」

11月17日の中国共産党機関紙「人民日報」の1面には、習近平主席が、個別会談する各国首脳と握手するツーショット写真がズラリ6枚、同じ大きさで並んだ。会談はいずれも現地時間15日に行われた。この中には、石破総理とのツーショット写真もある。

中国の国営メディアは、指導者の活動が優先事項。トップの習主席の活動となれば、すべてに優先する。我々の感じるニュースの軽重ではない。新聞の1面すべてが、いわば「ペルーでの習近平氏の活動」になる。この中から、日本人にはやはり気になる日中首脳会談から見ていこう。

石破総理にとっては就任後、初めての習近平主席との顔合わせ、初めての日中首脳会談だ。日本と中国の間の首脳会談は昨年11月、やはりサンフランシスコのAPECの場で、当時の岸田総理と習主席が行なって以来、1年ぶりとなった。

日本メディアの報道によると、今回の日中首脳会談は習近平主席が融和ムードを演出していたようだ。それも不安定要素が多い「トランプ大統領復活」を前に、という中国側の思惑がある。いわゆる「またトラ(またトランプ)」に備えてのことだ。

中国経済が困難な局面で誕生するトランプ政権

「人民日報」には、日中首脳会談に関する中国側の報道が詳しく載っている。確かに融和ムードだ。習近平氏の発言の一部を紹介しよう。

習近平国家主席が日本夫石破茂首相と会談(人民日報日本語版)

「現在、国際情勢と地域情勢は混沌とし、絡み合っています。日中関係は改善と発展の重要な時期にあります。中国と日本は隣国であり、アジアや世界において重要な国です。両国の関係は2国間だけの関係をはるかに超えるものです」

「中国と日本は、人と人との交流・地域交流を深化・拡大し、両国人民、特に若い世代間の相互理解を促進するべきです。両国の経済的利益は深く絡み合っています。世界の自由貿易システム、生産およびサプライチェーンの安定を維持する必要があります」

「人的な交流を進めよう。経済でもウィンウィンで行こう」と訴えている。トップである習主席の発言だけに重い。単にリップサービスではないと思う。もちろん、中国からの輸入品に重い関税を課すと宣言しているトランプ氏が大統領の座に戻るという要素は、大きいのだろう。

ただし、それは同時に、中国経済がかつてない苦境にあるという側面が小さくない。中国の今年第2四半期の国内総生産(GDP)は前年同期比4.6%増。2四半期連続で伸びが縮小した。国内の需要が落ち込み、中央政府の指導で、地方財政の整理が進むが、困難な局面が続く。日本から投資を呼び込んで内需の低迷を補う必要がある。習近平主席は石破総理にこうも言っている。

「日中両国は国際問題、また地域の問題において協力を強化し、真の多国間主義を実践し、開かれた地域主義を推進し、グローバルな課題に共同で取り組むべきです」

トランプ氏は経済においても「アメリカ第一主義」を提唱している。この発言は、「多国間主義、開かれた経済活動を維持していこう」という呼びかけに思える。ただ「トランプ復権」で、日中関係は前に動くのかといえば、簡単なことではないだろう。

楽観できない日中関係

確かに、中国外交は「トランプ再登場」という事態を受けて、関係する国々に向けて調整に入っている。ただ、習近平指導部の、日本に対する基本方針が大きく舵を切ったとはいえない。

紹介したように、習主席は「日本人、とりわけ若い世代との人的交流を深めよう。経済活動の協力も進めよう」と石破総理に呼びかけた。しかし、現実には、かつてはノービザだった日本人の中国渡航は、コロナ禍が過ぎたあとも、日本人にはビザを課したまま。ほかの多くの国々にはビザの免除を復活しているのに、だ。

これでは修学旅行の高校生が中国に行けない。ビジネスマンが頻繁に中国に行けない。中国への理解は深まらない。たとえば、ビザの免除措置を復活させるなど、中国側が具体的行動を取れば、中国側の前向きな対日姿勢を、我々も実感できるだろう。中国で暮らす邦人の安全も重要だ。こちらも中国側のきちんとした説明や対応が求められる。

習近平主席が石破総理に発した言葉は、石破総理誕生を機に、日本との関係を一定程度安定化させたい、仕切り直したいという中国側の意思は感じ取れる。一方で、安全保障分野を含め、トランプ次期政権から日本が数多くの要求を突き付けられ、日本がその多くを受け入れながら、アメリカとの関係を重視していくことも、中国は織り込み済みだ。日中関係は楽観できない。

トランプ氏を意識して習近平氏が自ら動き出した

習近平主席は、APECの機会を利用して、アメリカのバイデン大統領とも個別会談している。バイデン氏の任期は来年1月まで。この2人にとって、最後の顔合わせだろう。

日本の新聞も、18日の朝刊で、その米中首脳会談の模様を報じている。中国側の報道をみると、習近平氏は、バイデン政権での過去4年間の米中関係を、かなり長い時間かけて振り返っている。協力し合えた点を称え、一方で「アメリカは、時として言行不一致だ」と非難もしている。そして、「人民日報」によると、習主席はこうも言っている。

「小さな庭に、高い壁を築く――これは、大国のなすべき行動ではありません。オープンにしてこそ、人類に幸福をもたらすのです」

これは、バイデン氏でなく、自国第一を掲げるトランプ氏に向けた言葉だろう。そういう意味では、今回のAPECは、自由な貿易環境の推進を明記した首脳宣言を採択した。中国も、それを願っているものだ。いずれにしても、トランプ氏が当選した大統領選挙を受けて、中国が、習近平氏自らが動き出した。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。