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奪われたお宝を取り戻せ…海外に流出した文化財返還に本腰入れる中国

飯田和郎

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中国から海外へ流出した文化財を、中国政府が取り戻そうと本腰を入れ始めたという。「中華民族の長い歴史、民族の尊厳を重視する、習近平指導部の路線に、ピタリと一致している」と語るのは、東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長だ。12月2日に出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』でコメントした。

文化財返還の強化に向けて法改正

中国の本気度、姿勢をアピールする象徴的なシーンが今年11月にあった。

中国の習近平主席は、北京を訪れたイタリアのマッタレッラ大統領と共に、イタリアから返還された中国の文化財を鑑賞しました。

イタリアの文化遺物保護当局は、これまでに押収した、中国のものとみられる歴史的文物56点について、中国政府に通知しました。中国側は一点ずつ、鑑定した結果、中国から流出したものと確認され、このほど、中国へ返還されました。

56点の中には、中国文明の起源を探るうえで重要な新石器時代の陶器や、漢、唐、元それぞれの時代につくられた陶器が含まれ、いずれも当時の社会を映し出す貴重なものです。


新華社通信ニュースサイト
https://jp.news.cn/20241109/1495ca0eff3f44af89a9b9394b2f8e4d/c.html

今回、中国に返還されたお宝の中には、イタリアの古美術品市場に出展されたものもあったそうだ。習近平主席はイタリアの大統領に「イタリアは、すでに約800点の中国の文化財を中国に返した。文化財の返還において国際協力の新たな模範を示した」と述べ、イタリアを賞賛している。

面白いことに、これと同じ日に、中国の国会がある法律を決議した。文化財保護法の改定だ。2025年3月に施行される。この改正された文化財保護法の第81条は、「文化財の償還と返還の分野における国際協力の強化」を盛り込んでいる。つまり「盗難、また不法に海外へ渡った失われた文化財を返してもらうよう、政府は努める。この権利には時効はない」と定めている。

悠久の歴史を持つ中国。海外へ流出した歴史的文化財は多い。これは中国メディアの報道だが、UNESCO(=国連教育文化科学機関)の不完全な統計によると、世界47カ国、218の博物館に、167万点の中国で製造された文化財があるという。博物館という公的な施設だけでも、これだけの数字。この報道によると、個人や民間が所有していると思われる文化財は、その167万点の10倍になるだろうと推定している。

世界四大文明の一つが、中国文明。それら四大発明に関係する歴史的文化財も、数多く、中国から海外へ流れ出た。先ほど紹介した改正文化財保護法の意義について、中国メディアはこう伝えている。「文化遺産は、中華民族の遺伝子と血を受け継いでいる。中国の優れた文明の再生不可能、かつ、かけがえのない資源だ」。つまり、ここにポイントがある。中国が流失文化財の返還に、本腰を入れるのは、習近平政権の志向と一致している。

「中華民族の遺伝子と血を受け継ぐ」

習近平政権の志向とは「四大文明の一つである」という誇りだ。ひと世紀、ふた世紀ではなく、数千年単位で比較すれば、自分たちは極めて優れた文明をつくり出し、その中で今日も役立つ発明品、賞賛される歴史的文化財を創造してきた、という自負が存在する。

一方、それら文化財が海外へ流失したのは、弱体化していた時期が中国にあったから「奪われた」という「歴史の痛み」だ。それは19世紀後半から20世紀前半にかけての、清朝末期から、欧米列強に国土を踏みにじられた時期に当たる。

流失文化財の所有権は、国際問題だが、中国はとりわけ「自分たちは被害者だ」という意識が強い。中国の国土で起きた戦争や侵略、また列強各国は中国に特権的な地位を認めさせた。その際の略奪、違法な持ち出しによって、貴重な歴史遺産を失ったとの主張だ。

奪われた歴史的文化財を取り戻す、ということは、今日の中国の国力の証明にもなる。同時に、国民に、中国の歴史の輝かしさ、中華民族が培ってきた能力の高さを知らしめることにもなる。これも、習近平指導部が強く推し進める愛国主義教育の一つと言ってよいだろう。

だから、冒頭で紹介したように、主要7か国(G7)の一つであるイタリアから、文物が返還され、イタリアの国家元首とそれらを鑑賞するというのは、国民に向けたアピールになるわけだ。

流失文化財を保護する国際的な枠組み

文化財不法輸出入等禁止条約という国際条約がある。盗難、盗掘、略奪された文化財の輸入禁止、もともと文化財があった国への返還・回復などを定めている。対象は、例として、考古学上の発掘品や遺跡の一部、また民族的・美術的価値のあるものという定義。条約は1972年に発効し、日本は2002年に批准している。

ただ、返還はなかなか進まない。たとえばロンドンの大英博物館で1、2の人気を争うロゼッタストーン。紀元前のエジプトで、文字が刻まれた石碑だ。ナポレオンのエジプト遠征で、まずフランス軍が奪ったが、のちにそのフランス軍を降伏させたイギリス軍の手に渡り、今日に至る。当然、エジプト政府は返還を求め続けるが、返ってきていない。

中国は、日本に対しても返還を要求していくだろう。中国では古美術品のオークションが、富裕層を中心に人気だ。中国のお金持ちが日本に渡り、日本で個人・民間の美術館が所有する文化財を、オークションを通じて、買い戻すケースは少なくない。ただ、中国はユネスコの場などで、日本を含む海外流失文化財の返還を求めていくかもしれない。

いずれにせよ、海外に渡った固有の歴史財産の返還を求める動きは、中国の場合、中華民族の長い歴史、民族の尊厳を重視する、習近平指導部の路線に、ピタリと一致している。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。