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トランプ大統領再登板後の米中関係と「サイバー戦争」

飯田和郎

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アメリカのトランプ大統領の就任式が現地時間の1月20日、首都ワシントンで開かれる。現職の大統領が逮捕された韓国、ミサイル発射など挑発行為を繰り返す北朝鮮、さらにトランプ政権誕生後の安全保障の行方が気がかりな台湾…。日本の周辺だけでも不安要素が山積しているが、とりわけ米中関係の行方に、世界の注目が集まる。1月20日、RKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演した、飯田和郎・元RKB解説委員長はインターネット上をめぐっての米中摩擦についてコメントした。

「国家ぐるみ」が疑われる組織的なサイバー攻撃

まずは、中国メディアが先日報道したこのニュースを紹介しよう。

「インターネット上で、デマの情報を拡散したとして、山西省(さんせいしょう)に住む男が、地元警察に逮捕されました」

「男は、トラが動き回る動画を作成したうえ、『村里に野生のトラが現れた』との字幕を付けて、インターネット上の投稿サイトに掲載しました。このニセの情報はまたたく間に広がり、約30万人が閲覧しました。地域に住む人たちは、恐怖でパニック状態になったということです」

地元警察当局は、ニセの情報を流した男を特定し、逮捕した。このニュースを聞き、思い出したことがある。2016年4月の熊本地震の発生直後、熊本市動植物園からライオンが逃げ出したというデマを、ツイッターに流した男がいた。インターネットから入手したのか、ライオンが路上に立っている画像1点も添付していた。男は、熊本県警に偽計業務妨害の容疑で逮捕された。

動物園には「トラが本当に逃げたのか」という市民からの問い合わせが数多くあった。余震が続く中、職員がこのデマへの対応に追われたことを記憶している。日本でも中国でも同じような愚か者がいる。ただ、今から紹介するのは、ネット犯罪という点では同じだが、国家ぐるみではないか、と疑われるケースだ。

「中国系のハッカー集団が日本国内の政府機関や企業を対象にして、安全保障や先端技術に関する情報を、盗み取ろうと組織的なサイバー攻撃を繰り返している――これは、警察庁が1月8日、発表したものです」

「『ミラーフェイス』と呼ばれるこのハッカー集団について、警察庁は中国政府が関与しているとの疑いを強めています。過去5年間で、合わせて210件の攻撃が確認されています」

一方、中国外務省のスポークスマンは、日本の警察庁のこの発表に対し、中国政府による関与を否定。また、サイバー空間での出来事を政治問題化するな、とも求めている。

さまざまな国家組織にハッカー集団が存在

中国からのサイバー攻撃は、アメリカとの間でも大きな問題になっている。攻撃する規模も、そのターゲットも日本に向けたものに比べ、格段に大きい。トランプ新大統領就任後、米中間の摩擦の要因の一つが、中国からのサーバー攻撃問題だ。この問題は、アメリカの有力日刊紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」が熱心に報じている。

「中国系ハッカー集団が、米通信会社の設備に侵入し、安全保障を担当する米政府高官の携帯電話データを入手していました。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、数千人分の通話記録が盗まれ、テキストメッセージや通話音声も含まれていました」。

「『ソルト・タイフーン』と呼ばれるハッカー集団で、アメリカの捜査当局は、『ソルト・タイフーン』が中国当局に情報を提供していたことを突き止めたということです」

これらの報道を裏付けるように、バイデン政権でセキュリティーを担当する高官は2024年末、この「ソルト・タイフーン」が米通信会社計9社のシステムに侵入していたと発表。「ソルト・タイフーン」はトランプ氏の携帯電話をターゲットに盗聴していたことも明らかになった。

「ソルト・タイフーン」は、中国の国家組織の系統では、国家安全省の傘下にあるという。国家安全省というのは、諜報(スパイ)活動や、その取り締まりなど治安維持活動を担当する。習近平主席が最も重要視する部門といえる。

さきほど、日本政府が警戒すると紹介した「ミラーフェイス」もこの国家安全省の系統にあるといわれる。そして、国家安全省の系統とは別に、人民解放軍に属するハッカー集団もあるとされている。さまざまな国家組織に、さまざまなハッカー集団が存在する。

急速に進んだ中国のインターネット普及率

ところで、今日の習近平体制において、最も重要視されるのが、習近平氏個人に対して忠誠があるかどうか、そして、どれほどの忠誠心があるか、ということだ。その意味でも、不法に情報を盗み取るハッキングの世界で、組織ごとにその技術力と成果を競い合っている、という指摘もある。そして、それを支えているのが、豊富な人材だ。

欧米の研究機関では「中国で特筆すべきことはサイバー空間で活用できる人材の多さ」との分析が相次いでいる。中国の巨大人口、それに急速に進むインターネット利用が理由だ。

1月17日、中国の政府機関が、国内での最新のインターネット利用状況を発表した。昨年2024年、インターネットを利用する中国国民は11億800万人。初めて11億人を突破した。赤ん坊から高齢者に至る全人口を分母にすると、普及率は78.6%という。日本の普及率は8割強と、ほぼ中国と同じだが、母数になる総人口で、中国は日本の10倍だ。

その2024年は、中国が国際的なインターネット網に入って、30周年という節目の年でもあった。インターネットで世界につながって間もない1997年、中国のネットユーザーは62万人。総人口のわずか0.0005%。つまりインターネットを利用していたのは「20万人に1人」だった。同じ1997年、日本のネット人口は「11人に1人」の割合だったから、当時、中国は大きく遅れていたが、その後は猛スピードで浸透していったわけだ。

米中トップはサイバー空間の摩擦をどう解消していくか

28年前は、中国人の「20万人に1人」しか利用していなかったインターネットが、今や11億人、普及率にして78%を超えた。そして、優秀な技術者には事欠かない。その優秀な技術者の中から、ハッカーが生まれている。

冒頭に、「トラが現れた」というデマを紹介したが、巨大なサイバー社会の中国において、国内でも、そして外国との間でも、インターネット空間はさまざまな影響力を持つ時代を迎えた。功罪という面からみれば、「功」もあれば「罪」もある。習近平政権は、インターネットでも「ネット超大国」として、米国を追い抜こうとしている。

その習近平主席だが、1月17日、トランプ氏と電話会談を行った。昨年11月の米大統領選後、両者の直接対話が公になったのは初めて。中国側の発表によると、習主席はトランプ氏にこう語りかけた。

「中国とアメリカ。2隻の巨大な船は、穏やかで健全に、そして持続可能に発展する航路を共に進んで行きましょう」

2人は対話を継続していくことで一致した。中国はまずアメリカの新政権の出方を見守るということだろう。トランプ大統領就任によって、新たな米中関係が構築されていく。サイバー空間における米中摩擦をどう解消していくかも注目したい。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。