2025年5月から、法務省は戸籍の「国籍」欄に、これまで国名のみを記載する運用を改め、海外の地域名も記載できるよう改正を行う。この改正により、台湾出身者の場合「中国」ではなく「台湾」と記載することが可能となる。東アジア情勢に詳しい、飯田和郎・元RKB解説委員長が3月17日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し「これは日本と台湾、さらには中国の間に新たな波紋を広げる可能性がある重要な動きだ」とコメントした。
国籍欄の課題と改正の背景
現在の戸籍制度では、外国人が日本人と結婚した場合や帰化した場合、国籍欄には出身国の名前を記入することが義務付けられています。例えば、台湾出身者も中国本土出身者も一律に「中国」と記載されています。しかし、台湾出身者からは「自分は台湾人であり、中国ではない」という声が長年寄せられてきました。
法務省は今回の改正により、戸籍の国籍欄に「台湾」と記載することを認めます。さらに、過去に作成された戸籍においても、希望者は「中国」の表記を「台湾」に変更することが可能になります。この決定により、台湾出身者のアイデンティティーを尊重する形となります。
台湾表記をめぐる過去の経緯
法務省はこれまで、パレスチナ人については国籍欄に「パレスチナ」と表記することを特例で認めてきました。パレスチナは現在、国連では正式加盟国ではありません。ただ、該当者はごく少数です。一方で、日本に台湾出身者はたくさんいます。「パレスチナはOKなのに、台湾はダメなのはおかしい」と、見直しを求める声が上がっていました。実際、毎年約1000人の台湾人が日本人と結婚しています。
日本は1972年に台湾(中華民国)との国交を断絶し、大陸の中国(中華人民共和国)と国交を正常化しました。その際、法務省は「中華民国の国籍表示を『中国』とする」と決定し、それ以降、大陸出身者も台湾出身者も一律で「中国」と記載する運用が続いてきました。
当時、日本政府は「中華人民共和国」を正式な中国として承認する一方で、「台湾」という表記を避け、両者をまとめて「中国」として扱うことで曖昧な立場を取っていました。しかし、台湾出身者の間では、自身のアイデンティティーを正確に記載するよう求める声が高まっていました。
台湾人のアイデンティティーの変化
台湾では、この20年間で「自分は台湾人だ」と考える人の割合が大きく増加しました。世論調査によると、20年前は約4割だったのが、現在では6割を超えています。特に若者世代ではさらに高い割合で、「台湾は中国ではない」という認識が広がっています。このような意識の変化が、今回の改正の背景にあると考えられます。
また、台湾政府は2003年から、住民が所持するパスポートの表紙に「中華民国」の漢字表記に加え、英語で「TAIWAN」と併記するようにしました。これは国際社会において「台湾は中国ではない」という認識を広めるための施策であり、今回の日本の改正とも共通する背景が見られます。
同時に、法務省の今回の決定、つまり「『台湾』という記載に道を開く決定には、さまざまな思惑も存在すると考えられます。決定を下した法務省の鈴木馨祐大臣は、自民党議員でつくる日台若手議員連盟で活動してきました。また、日本と台湾の関係が「過去最高」とお互いが評価するほど良好だということも背景にあるでしょう。
中国の反発と日中関係への影響
今回の日本の決定に対し、中国政府は反発しています。中国外務省のスポークスマンは次のようにコメントしました。
「台湾は中国の領土であり、分けることはできない。台湾問題は純粋に中国の内政であり、いかなる外部勢力の干渉も許さない。」
また、日本に対して「矛盾し、誤ったシグナルを送らないよう促す」と批判しています。
中国は日本との関係を重視しており、反発は抑制的とも言えますが、この問題が将来的に日中関係の摩擦を引き起こす可能性は否定できません。特に、日中関係が悪化した際には、この問題が再び取り沙汰される可能性があります。
1972年の日中国交正常化の際、日本と中国が署名した日中共同声明の第3項には、次のように記されています。
「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する。」
日本は「台湾が中国に属している」と認めたわけではなく、「中国の立場を理解し、尊重する」という曖昧な表現にとどめています。この曖昧な立場が、今回の戸籍改正の判断にも影響を与えていると考えられます。
まとめ
戸籍の国籍欄に地域名を記載できるようにするという今回の法務省の改正は、日本国内だけでなく、国際社会においても注目を集めています。「台湾」という記載を可能にすることで、台湾出身者のアイデンティティーを尊重し、日台関係をさらに強化する一方、中国との関係に新たな課題をもたらす可能性もあります。
戸籍という個人の基本的な記録におけるこの変更は、日本の外交政策や国内外の社会情勢にも影響を与える重要な一歩となるでしょう。今後、実施後の運用やその影響を注視していく必要があります。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。