6月上旬、東京都内で開催された国際英語能力テスト「TOEIC」で、中国籍の受験者10人がカンニングを試み、警視庁が任意で事情聴取を行ったことが明らかになりました。東アジア情勢に詳しい、元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが、6月23日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に出演し、この問題から見える中国社会について解説しました。
スマートグラスを使った巧妙な手口
6月18日に毎日新聞が報じたところによりますと、6月上旬に東京都内で開催された国際英語能力テスト「TOEIC」で、中国籍の受験者10人がカンニングを試み、警視庁が任意で事情聴取を行ったことが明らかになりました。警視庁は、複数の中国人業者が組織的に不正を繰り返している可能性が高いと見て捜査を進めています。
TOEICは、英語によるコミュニケーション能力を測る世界共通のテストで、高得点は進学や就職に有利に働くことがあります。今回のカンニングの手口は巧妙で、事情聴取を受けた中国人受験生は、眼鏡型の電子端末「スマートグラス」を着用し、そのつるを通して骨伝導で外部からの音声(TOEICの解答)を受信していたといいます。
スマートグラスは、眼鏡のように装着し、データの投影や離れた場所との映像・音声のやり取りができる電子端末ですが、その技術が悪用された形です。着用したままでは、見た目には普通の受験生と区別がつかないため、試験官も不正に気づきにくいという点も悪用された要因でしょう。
実は、大学入学共通テストでは今年1月から、スマートグラスやスマートウォッチの試験会場への持ち込みが禁止され、使用した場合は不正行為とみなされるよう規定が改正されています。しかし、TOEICに関してはまだそのような規定がなかったようです。
組織的な不正と「答えを教える側」の存在
警察の調べに対し、受験生たちは「カンニングができるということで、数万円を支払った」と供述しています。このことから、単独犯ではなく組織的な関与が強く示唆されます。試験を運営する団体も、最近のTOEIC試験で中国人受験者の異常な高得点が目立っていることに気づいていたようです。
さらに、今回の件とは別の試験会場で、中国人留学生が現行犯逮捕されています。報道によると、TOEICの試験会場に他人になりすまして侵入したとして、中国籍の京都大学大学院生(27歳)が建造物侵入容疑で逮捕されました。この大学院生は口元のマスクの内側に通信用のアンテナ付き小型マイクを隠し持っていた上、眼鏡はカメラ機能付きの「スマートグラス」だったといいます。
この大学院生は報酬を受け取り、別人を装って何度もTOEICを受験していたとのこと。この事例から、この大学院生が試験会場から試験問題の情報を外部に伝え、それが別の受験生に解答として送られていた、という構図が浮かび上がります。まさに、高得点を取りたい受験者と、そのために金銭をやり取りする組織的なグループの存在が明らかになったわけです。
「縦割り」と「横割り」の中国社会
なぜこのような組織的な不正が中国人で発生するのでしょうか。中国社会は「縦割り社会」であり、同時に「横割り社会」であると私は考えています。
「縦割り」とは、共産党、共産党幹部、そして習近平主席を頂点とするピラミッド構造です。14億人の国民がこのピラミッドの下から上の階層に上がるために、何をすべきかという意識が強く働きます。
もう一つの「横割り」は、「縄張り」という言葉に近いかもしれません。自分たちの権益をどう維持し、その範囲をどう広げるか、さらにはその範囲の中で「メンツ」という自身の権威をどう保つか、という話です。「縦割り」「横割り」の社会で生きていく上で、欠かせないものの一つが“お墨付き”なのです。
この“お墨付き”を求める意識は、日本人と比較してはるかに強いように感じます。その中で、資格が大きなウエイトを占めます。TOEICは世界共通で認証されているテストであり、その価値は中国でも世界中でも通用します。
そして、そのTOEICが日本で受験できる点がポイントでしょう。資格審査が極めて厳しい中国に比べ、日本の場合は「そこに携わる人の良心に委ねる」という部分が大きい気がします。これは日本の優位性を示すものではなく、それぞれの歴史や国家体制の違いによるものです。
TOEIC試験においても「不正を許さない」という大原則はありますが、「受験者の良心を信じる」という意識のもとに運営されてきたはずです。それが今回、一部の中国人受験生によってカンニングという形で悪用されたように思えます。
日本を目指す中国人留学生と、今後の共生
米中関係が複雑な局面を迎える中、日本を目指す中国人留学生は増えています。文部科学省が所管する日本学生支援機構によると、日本にいる外国人留学生のうち、中国出身者は国・地域別で最も多く、4割超を占めます。
コロナ禍以降は減少傾向でしたが、2023年度からは再び増加に転じました。円安の影響で欧米への留学に比べて割安感があること、そして治安の良さも大きな要因です。今後も日本を目指す中国の若者はさらに増えるのではないでしょうか。
しかし、このようなカンニングのような不正が起きると、ただでさえ「良い」とは言えない中国へのイメージ、日本人が抱く中国人へのイメージのさらなる悪化につながるのではないかと懸念されます。
しかし、このような不正を働く中国人は全体のごくごく一部に過ぎません。「だから中国人は…」と決めつけてはいけません。中国人を含む外国人と共生していかないと、日本社会の今後は成り立たないのです。地方に住む私たちこそ、直接その影響を受けることになります。
何より、自分たち以外、外国人を遠ざけようとする意識が何をもたらすのか?今、アメリカで起きていることを見るまでもなく、それは自らの狭隘な、心の狭さを映し出しているだけに思えます。
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この記事を書いたひと

飯田和郎
1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。




















