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台湾政界で「火遊び」!?…日本の参院選の裏で激化するリコール戦の行方

飯田和郎

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日本の参院選は7月20日に投票日を迎えます。一方、台湾で展開されている熱い政治戦、特に立法委員のリコール投票が注目を集めています。7月14日放送のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』に、東アジア情勢に詳しい元RKB解説委員長で福岡女子大学副理事長の飯田和郎さんが出演し、「火遊びともいえる動きは、中台関係、ひいては地域の安全保障に大きな影響を与える可能性がある」と指摘しました。

「辞めさせる投票」リコール戦が勃発

7月20日の参議院選挙投票日に向けて、与野党は猛暑の中で激戦を繰り広げています。一方、日本よりもさらに暑い台湾でも、現在「ある投票」に向けて熱い戦いが展開されています。それは「選ぶ投票」ではなく、「辞めさせる投票」、すなわち国会議員に相当する立法委員の罷免(リコール)投票です。

投票は7月26日に行われ、対象となっている議員は24人。その結果次第では、中国と台湾の関係、ひいてはこのエリアの安全保障にまで大きな影響を及ぼす可能性があり、そうなれば日本も無関係ではいられません。

このリコール運動は、台湾の与党・民進党を支持する市民団体が仕掛けたものです。彼らは最大野党・国民党の立法委員24人の罷免を目指し、リコール投票のための署名集めを行いました。中央選挙委員会が規定の署名数を認定したことで、24人の罷免について賛否を問う投票が決定。与党・民進党と野党・国民党の双方が、真夏の台湾で相手側を非難し合う激しい戦いを続けています。

「少数与党」の苦悩とリコール運動の背景

与党系の市民団体がリコール運動に踏み切った理由は、「最大野党・国民党が、政府の施策を妨害している」というものです。台湾の議会である立法院は一院制で、定数は113議席です。現在の勢力図は、野党・国民党が52議席、政権与党・民進党が51議席と、どちらも過半数の57議席には届いていません。

総統は中国と一線を画す民進党の頼清徳氏が務めていますが、議会では中国と融和的な野党・国民党が最大議席を占める「ねじれ現象」が起きています。これは台湾住民のバランス感覚の表れなのかもしれません。

その国民党は、8議席を持つ野党第2党・民衆党と組むことで、合計60議席と過半数を確保しています。野党側は、防衛費などの予算を大幅に削減したり、凍結したりすることで、頼清徳総統の政策を阻んできました。この勢力図は、議員の4年間の任期が終わる2028年まで続くことになります。

頼清徳総統は昨年5月の就任当初から「少数与党」の苦汁をなめてきた状態です。このような状況の中で起きた国民党立法委員へのリコール運動は、頼清徳総統を応援しようという意図があると考えてよいでしょう。

リコールの仕組みと民進党の狙い

リコールが成立するまでの流れは以下の通りです。

①26日の投票で、対象議員の罷免に同意する票が、同意しない票を上回る。
②かつ、その同意票が有権者総数の4分の1以上となる。
③上記2つの条件を満たすと、その議員の罷免が成立する。

罷免が成立した場合、その議員の選挙区では年内にも補欠選挙が行われます。そうなれば、今度は政権与党の民進党の候補が当選する可能性も出てきます。民進党は現在の51議席に6議席を積み増せば立法院で過半数を確保できます。そして、民進党が過半数の議席を持てば、頼清徳総統にとって、これまで阻止されてきた予算案や法案を成立させることが容易になるわけです。

頼清徳総統は民進党のトップである主席を兼務しており、6月末に開かれた民進党の大会で、リコールへの支持を表明しました。その理由は「中国の脅威」です。頼総統は「数多くの予算案、法案が野党のボイコットによって阻止されてきた。それらの法案は、防衛や台湾の安全に直結している。リコール運動は国の存亡を憂う市民が自主的に起こしたものだ」と述べ、リコール運動の正当性を強調しました。

野党の反論と中国の「火遊び」発言

当然ながら、リコールの対象となった野党・国民党サイドは強く反発しています。台湾全土で運動を展開し、「26日には投票所へ行こう。『罷免に同意しない』という一票を投じよう」と呼びかけています。また、「頼総統は『中国大陸からの脅威』を訴えるが、与党・民進党の立法委員たちこそ、中国相手にビジネスで金儲けしているではないか」とも反論しています。台湾独自のアイデンティティを強調し、「我々は中国とは一体にならない」と主張する民進党の中にも、親族が中国と商売をする立法委員がいるからです。

台湾では現在、大規模な軍事演習が7月18日までの10日間行われています。年に一度実施される台湾最大の演習ですが、例年は5日間程度で、今年はその2倍の期間、参加人数も過去最多となっています。台湾当局の力の入れ具合が伺えますが、「中国の脅威」を強調する中で、リコール投票とこの演習のタイミングが見事に重なっているのも興味深い点です。

頼総統の連続講演と台湾の分断

一方、「脅威」とされた中国は、痛烈に頼清徳総統を非難し続けています。頼総統はリコール投票が決まった直後から、自らの政策の正しさを有権者に訴えようと、現在10回連続の講演活動を展開しています。「国家を団結させるための講演」と名付けていることから想像できるように、連続講演で一貫しているのは「外からの脅威」(=中国)を前に、台湾が一枚岩になろう、そのためにもリコールを成立させよう――というもののようです。

頼総統が現在続けている連続講演の内容に対しても、中国メディアは「火遊びはやめろ」「自作自演」といった表現で反論・非難しています。

民進党支持の団体が仕掛けたリコール運動、リコール投票の実施、最大規模の演習、そして頼総統の連続講演――。一連の流れをたどると、私は最初から政権与党・民進党、そして民進党のトップである頼総統サイドが「画」を描いていたようにも思えます。中国側が「火遊び」と表現する理由は、そこにあるのかもしれません。

ただ、政策を「推進できないから」と言って、リコールという手段で、反対派を排斥しようとしていいのでしょうか。確かに、台湾にとって中国は最大の脅威です。しかし、それを強調するあまり、民意を煽るのは疑問に感じます。台湾内部の団結とは逆に、分断に向かわせることにならないでしょうか。

リコール投票によって、台湾立法院で政権与党・民進党が過半数を獲得し、勢力図が変われば、中台関係はさらに緊張し、それは日本の安全保障にも影響が出るでしょう。だからこそ、私たち日本に住む者も、台湾で26日に行われるリコール投票は無関心ではいられません。20日の参議院選挙に続く、この投票の行方が非常に気になります。

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この記事を書いたひと

飯田和郎

1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。2025年4月から福岡女子大学副理事長を務める。